その少女と見つめ合い始めてどのくらい経ったのか、凍りついたような時間を再び動かしたのは・・・。
「・・・っくしょんっ!!」
洋二のくしゃみだった、目の前の少女はちょっと驚いたようにぴくん、と反応するが表情は変わらないままだ。
「ぐすん」
同時に改めて寒さを感じ、体中が震え始める、先程までは少しばかり異常な精神状態だったため気にならなかったのだが、くしゃみをきっかけに一気に我に返った。
しかし目の前の幻のような少女は正気に戻っても変わらず塀の上に座り続けている。
「ふぅぅ・・・え、ええと、君は?」
手で肩をごしごし擦りながらとりあえず、声を掛けてみた。
「・・・」
黒い少女は何も答えず、ただ先程と変わらない視線を洋二に送り続ける。
洋二はだんだん怖くなってきた、冷静に考えるとこんな時間、こんな場所にこんな格好をした少女がいるなんて異常だ、目の前のこの少女は本当に人間なのだろうか?
「そ、その・・・寒くない?」
少女はこの寒空の下でワンピース一枚とシンプルな黒い靴しか身に付けていないのだ、それを言うなら靴すら履いていない自分もなのだが。
「・・・別に」
黒い少女は洋二から目を逸らすと初めて口を開いた、鈴の鳴るような綺麗な声だったが、洋二の耳にぎりぎり届くかという小さな声だった。
しかし、意思の疎通が出来るとわかって洋二は少し安心する。
「こんな所で何してるの?」
「・・・そっちこそ」
言われてみれば自分もこの寒い中で上着のない学生服で靴も履いていない格好だ、少女に負けず劣らず怪しい。
「え、ええと・・・」
死んだはずの猫の声につられて外に出て来た、なんて言えるわけがない、かといってこんな格好で夜中に道を徘徊している真っ当な理由なんて思いつくわけがない。
「さ・・・散歩」
どうしようもなかったのでそう答えた・・・怪しさ満点である。
「散歩?」
「そ、そう、散歩」
「ふうん」
幸いなことに少女はそれ以上突っ込んでこなかった。
「君は?こんなとこで何してるの」
自分は答えたのだからそっちも答えろ、と言うニュアンスを込めて洋二は聞いた。
「わたし?・・・わたしは・・・」
少女は少し視線を宙に彷徨わせた後、答えた。
「家出」
「家出・・・?」
「そう、家出」
「近所なの?」
洋二がそう推測したのは少女の格好がやけに小奇麗な上、何も荷物を持っていないからだ、少女はまた少し考えると。
「そう」
と答えた。
「・・・」
「・・・」
一応の自己紹介(?)を互いに終え、また周囲は沈黙に包まれた、しかしいつまでもこうしている訳にはいかない、何よりいい加減寒い。
「あ、あの・・・それじゃ」
「待って」
立ち去ろうとした洋二の背に声が掛けられた。
振り返ると少女は塀からすとんと地面に降り立った、不思議な事に殆ど音が立たなかった。
「泊めて」
「・・・うん?」
「家泊めて」
「俺ん家に?」
「うん」
とんでもないことを言い出した、洋二は呆れてすぐに断ろうとしたが、ふと考えた。
「・・・いいよ」
普段の洋二ならば絶対に断る場面だ、しかし一人を好む洋二であっても今ばかりは孤独が辛かった、いつまでも黒猫の事ばかりを考えてしまうのだ、誰でもいいから誰かが傍にいてくれれば少しは気が紛れるかも知れない、それに・・・。
洋二は後をついて歩いて来た少女をこっそり盗み見た。
すっごい可愛いし・・・何考えてんだ俺・・・。
少女が何?と言う感じでこちらを見たので慌てて視線を逸らし、少し自己嫌悪に陥る。
「ええと、俺は洋二、君は?」
「無い」
「え?」
「名前はまだ無い」
夏目漱石かよ、と思ったがこれは要するに教えたくないという意志表示だろうか、とりあえず洋二はそう受け取る事にした。
「そっか・・・無いんだ」
「うん、無い」
「じゃ、何て呼んだらいい?」
「黒猫」
「・・・」
洋二は立ち止まった、少女も立ち止まった。
洋二は振り返って少女をじっと見た、少女も洋二を見返した。
何とも言えない沈黙が過ぎた後、洋二は口を開いた。
「ごめん、その名前使いたくない」
「じゃ、好きに呼んで」
「・・・じゃあ、クロ、黒猫から猫を取ってクロ」
「それでいい」
短いやり取りを終えた後また二人は歩き出した。
平静を装っていたが洋二の心臓は後の少女・・・クロに聞こえるのではないかと思うほどどくどくと激しく脈打っていた、動揺を悟られないように装いながら背後のクロに話しかけた。
「何で、黒猫って名前を?」
「なんとなく」
「・・・そうか」
曖昧な理由を答えられたのでそれ以上突っ込む事は出来なかった。
・・・偶然、だろうか。
洋二は頭を振った、偶然に決まっている、自分は何を考えているのか。
そうこうするうちに家の玄関に辿り着いた。
鍵を開けて振り返ってみるとクロはじっと立ってこちらを見ている。
洋二はドアを
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録