侵食編

 「休み、何してた?」
「別に……いつも通り家族で旅行、お前は?」
休み前よりも日に焼けた生徒の割合が増えた休み明けの教室。
当然、休みの間何をしていたかが話題の中心になる。
菊池は友人との会話の中で、自然に嘘をついた。
「俺か?俺なぁ、実はさあ……」
友人の言葉を適当に聞き流しながら、菊池はさりげなく善治の席を見る。
その席には誰も座っていない。







 あの森の中での出来事……二人の、キスの後。
幸福感が頂点に達した所で気が遠くなり……気付けば、二人共石碑の前で並んで横になっていた。
服は普通に着ていたので「その先」までした訳ではないらしい事にとりあえず安堵した。
だが、あの木の実はどこにも見当たらない。
つまり善治があの実を食べたのは間違いのない事実だ。
正直あんな事があった後にどう言葉を掛けていいか迷ったが、野生の物を食べて体を壊していては一大事だ、人体に有害でないとも言い切れない。
だが、目を覚ました善治はおかしくなっていた。
体はどうともないようだったが殆ど口を効こうとせず、ただ「帰ろう」とだけ言うと荷物を纏めて歩き出したのだ。
慌てて後をついて行きながら本当に大丈夫なのか、と聞いても「うん」と短く答えるだけで会話らしい会話もなかった。
それどころか目もまともに合わせようとしてくれない。
いや、考えてみると当然かもしれない。
恐らくあの時の行動は取り憑かれての行動だ、あんな事になってしまってショックだったのだろう。
正直ちょっと傷付いたが、とにかく善治が心配だった。
しかし善治の方は菊池への態度を除けばいたって普通に民宿の人と会話し、新幹線の切符を買い、普通に帰路についた。
「あんな事になってごめん」
帰りの新幹線の中で気まずい思いに耐えきれずそう伝えたが。
「私こそごめん」
と返された。
本当は謝ってなんか欲しくなかった。
その後にぽつりぽつりと説明をされた。
「お祓いは失敗した」
「だけど、タネコヒさまは自分に移った」
「だから菊池くんはもう大丈夫」
要約するとそう言う事だった。
菊池にとっては全然大丈夫じゃなかった、善治の方が大変な事になってしまったのでは。
だが、善治はこうも言った。
「元々無理であればこうするつもりだった」
「自分が持ち帰っておばあちゃんに祓ってもらうから大丈夫」
との事だった。
菊池としてはもう、そのおばあちゃんを信じる以外なかった。







 「えー、善治さんは風邪でしばらくお休みです、皆さんも夏風邪には十分注意するように」
久々に見る顔の教師がそう言う。
そう、「しばらく学校を休む事になる」とも言っていた。
あれ程の相手となると祓うのにも時間が掛かるのだと言う。
心配なのでもっとおばあちゃんについて問い詰めたかったが、そう易々と教えていい情報でもないのだろう。
そして、話をする時もとにかく善治は菊池と目を合わせないようにしていた。
寂しい思いを抱えながらも、もう自分は善治に関わらない方がいいのだろう、と思った。
また近付けば迷惑を掛ける事になる。
元々、住む世界の違う人……結ばれる事のない人なのだ。
この想いも、胸に仕舞いこまねばならない。
消すことは、今の所出来そうな気はしないが……。
それに……この先当分オカズに困らないような経験も……させてもらってしまった……。
友人の話に適当に相槌をうちながら、菊池はぼんやりと善治のいた空席を見つめるばかりだった。







 「おばあちゃん、まだ当分予定開かないんだって」
「うん……」 
「大丈夫なの……?」
「うん……大丈夫……」
「何かあったら、すぐに言うのよ?」
「うん……」
善治は廊下から話しかける母と、自分の部屋のドア越しに話をしている。
学校へは風邪だと説明しているが、本当の原因を母は知っている。
いや、正確にはわかっていないが娘が自分でも医者でもどうにもできない状態である事は理解している。
母、君江(きみえ)には特別な能力は備わっておらず、それらの類のものは見る事はできない。
よって普通に結婚し、普通に暮らしている。
しかし、君江の母……依江から見ての祖母にあたる房江(ふさえ)はというと、そういった類のものに悩まされる人々の最後の拠り所のような人物だった。
そんな母を見て育ったものだから娘が自分に見えないものを見える、と言い出した時に子供の戯言だと決めつける事はしなかった。
申し訳ない、と思う。
姿も碌に見せないのだから心配されるのも当然だ。
旅行から帰ってすぐ、自分の部屋に閉じ籠って「おばあちゃんに連絡して」と言う娘に自分が何も出来ない事を歯がゆく思っているだろう。
「はぁ……あ……」
母の足音が立ち去って行くのを耳に、依江はベッドの上でため息をつく。
閉め切られたカーテンから僅かに差し込
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