「おいしかったねー」
「うん……だけどまぁ……」
「なに?嫌いなものあった?」
「いや、緊張感ないなぁって……」
夜、二人はとある民宿の一室で夕食後の一時を過ごしていた。
郷土資料館を出てそのまま目的地に向かう訳にはいかなかった。
もう時刻は夕暮れ時、しかも廃村がある場所は山の中なので夜中に訪れるのは危険だ。
何より体力の消耗が想像以上に激しい、山道を行くのなら尚更だ。
そんな訳で、目的地からほど近い場所にある民宿の場所を資料館のおじいさんに教えてもらったのだ。
こんな事態も想定して着替えも数日分は持って来ている。
民宿に泊まるのなんて初めてだが、経営している夫婦は気さくだし、美味しい食事に広いお風呂。
目的とは別にまた来たい、と思うくらいだった。
「修学旅行みたいだね」
「はは、そうだな」
本当は心の中で「新婚旅行みたいだ」と思っていた菊池はぎこちなく笑う。
「今日は体も心もしっかり休めておかないとだからね」
「そうだな……やっぱ、体力使うんだな」
「体が資本ですとも」
そうして雑談していると、本当にただ好きな娘と二人きりで旅行に来ているだけのように錯覚する。
そしてそんな錯覚を覚えるたび、胸にほろ苦い思いが湧き上がってくる。
善治は結婚相手を選べない、少なくともその相手に自分が選ばれる可能性は無い。
そして、自分はそもそも子供を作れない体になっているかもしれない。
この旅の結果がどうなろうとも、善治とこうして二人でどこかへ行く事はもう無い。
もしかしたら友人としてなら付き合ってくれるかもしれない。
だけど、それはもう自分のなりたい関係ではなくて……。
「……疲れてるみたいだね、私も疲れた、もう寝よっか」
「……うん」
自分の感情をうまく隠せるほど、菊池は器用ではない。
落ち込んでいる様子を疲れていると思ったのか、もしくは落ち込んでいるのを察知した上でそう言ってくれているのか。
菊池はその言葉に甘える事にした。
・
・
・
わかってはいた。
わかってはいたが、眠れない。
和室に敷かれた布団の上で、菊池は目をぱっちりと開けていた。
明日の事が緊張するのもある、旅先だというのもある。
だが、何よりの原因は隣に並べて敷かれた布団に横たわる善治だ。
好きな娘が隣に寝ているのだ。
無論、善治をどうこうしようという気なんてあろう筈もない、しかしそれはそれとして緊張はする。
部屋を別にしてもらおうと菊池は提案したのだが、今晩もタネコヒさまが来ないとも限らないので同じ部屋にする、と言われてしまった。
よって菊池は窓の外から聞こえてくる蛙の鳴き声を耳に、天井の小さな黄色い蛍光灯の明かりを見つめているしかないのだった。
横を見る事も出来ない。
うっかり善治の寝顔なんかを見てしまったらどきどきして余計に眠れなくなるのが目に見えている。
加えて明日大変な思いをする善治の睡眠を妨げるのも嫌なので、過度に遠慮して寝返りも打てない……。
(くそ、寝れん、俺も明日はしっかりしないといけないってのに……)
はあ、とため息をついてせめて目を閉じる。
「……」
視覚情報を遮断すると、意識が内面に向く。
タネコヒさまの事について、だ。
(……可哀想、だな……)
素直に想像すると、そう感じる。
何も悪い事をしていないのに生まれながらの事を責められて、罪人にされて……。
だけど許されない事だと、善治は言っていた。
それも本当だと思う。
自分が子供を産めないからといって、他の子供を産める人々を怨むのは筋違いだ、それこそその人々に罪は無い。
いや、彼女をそんな風に扱った村の人々に罪がないと言えるか……?
「……」
わからない、昔に起こった事の詳細なんて。
増して当時の善悪の基準なんて。
だが少なくとも、自分がどんな悪いことをしたというのか。
タネコヒさまの怨みを買うような事なんてしていない、ただ修学旅行であの山を訪れただけなのだ、こんな理不尽な目に遭ういわれは……。
(怨み……?)
(怨みだって……?)
実は、菊池は引っ掛かりを覚えている。
善治から資料の説明を受けた時からずっとだ。
(神様と妖怪の線引きは難しいんだけど……これは、死んだ人の恨みが形になったもので「祓う」対象だから妖怪って扱いになる感じかな……)
菊池は少しづつ増してくる眠気を感じながら思う。
(でも、だけど、タネコヒさまって……)
「……」
そのまま眠りに落ちようかという時。
異常に気付いた。
静かだ。
静かすぎる。
いつの間にか、蛙の鳴き声も聞こえなくなっている。
その事実に気付いたのと同時だった。
鼻先をくすぐる、甘い匂い。
桃のような。
「−−−−−っ」
眠気が飛んだ。
いるのか。
いる。
間違いなくいる。
今、この部屋に、すぐそばに。
見つめる相手を祟る者が、そこ
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