「お、来たみたいだな」
「まあ、早いのねえ」
「……」
両親の声に、中村康太(なかむらこうた)はこっそりため息をつく。
日曜日の今日、中村家は一つの家族を迎える。
ホームステイ、と言えるかどうかはわからない。家族三人で来るらしい。
父が懇意にしている取引先相手が家族ごと日本に長期滞在する必要が出たのだという。
父がそれならばその期間家に来ればいいと持ち掛けたそうだ。
異文化コミュニケーションだか何だか知らないが、人の生活に入り込んでそれを経験しようだなんて物好きとしか思えない。
それを受け入れる両親含めて。
「ほら、お出迎えするんだよあんたも」
康太は読んでいた漫画を放り出して渋々玄関にまで出ていく。
「小さい子の面倒はあんたが見たげるんだよ?」
「ハイハイ」
康太は子供嫌いだった。
いや、康太自身が高校生で世間的には子供なのだが、正確に言うと自分より年下の子が嫌いだった。
まあ何しろ泣くし喚くしうるさいし。
電車で同じ車両にいてもイヤホン越しにまで響く喚き声、映画館などで近くの席になんてなったら心底憂鬱にさせられる。
そんなものだから自分の家がホームステイを受け入れるとなった時、向こうの家族に子供がいると知ってうんざりした。
もう、本当に冗談じゃない。
生活の中に他人が入り込むだけでも相当抵抗があるのに、その中に嫌いな子供がいるとは。
しかしこうして受け入れ当日になって、玄関先に見慣れない車が止まるのを見るともう、渋々覚悟を決める他なかった。
子供嫌いだから俺に近づけるな、とは流石に言えない、まだ高校生だけど大人だ、俺は大人だと自分に言い聞かせた。
まず運転席と助手席から両親が降りて来た。
(うわぁ)
まず、奥さんはめちゃくちゃ美人だった。
すらりと長い手足、真っ白な肌、輝く長い金髪、青い瞳。
そして本当に子ども一人生んでるんだろうかというくらいに若々しい。
一目見た瞬間にかあっ頬が熱くなるのを感じた。
その旦那さんは茶色の髪に整った顔立ち……こちらも随分若く見える。
映画から飛び出て来たみたいな夫婦だった。
その二人はこちらを見てにっこり笑い「ドーモ、ヨロシクオネガイシマス」と片言だが何とか聞き取れる日本語で挨拶をした。
「カサンドラ・マルクと、いいます」
旦那さんの方が白い歯を見せて笑いながら言う。
「カサンドラ・セウロン、です」
奥さんははにかむようにして言う。
両親も若干の緊張をみせながら「いえ、こちらこそ」と頭を下げる、康太も恥ずかしさから目線を合わせないようにしながらお辞儀をする。
と、綺麗な母が車の後部座席の窓をコンコン、と叩き、中に聞き取れない言語で呼びかける。
「−−−−」
中からごにょごにょ、と小さな声で返事が返ってくる。
甲高い、小さな女の子の声だ。
随分元気が無いように聞こえる。
「車酔いかしら?」
母が首をかしげて言う。
「−−−−−−」
「−−−−−−−−−」
何度か言葉のやりとりがあった、その中で美人母の語調が少し強くなった所があった。
(……怒られてる?)
康太が訝しんだところでガチャ、とドアが開いて中からようやく女の子が降りて来た。
母親の容姿からして予測は付いたが、それはそれは可愛らしい女の子だった。
腰まで届く蜂蜜色の髪、大きく、空のように青い瞳、幼いながら人形のように整った顔立ちは成長すれば母のような美人に成長する事が確約されている。
しかしながらその表情は明るいとは言えず、むっつりと口を閉じて下を向いている。
「−−−−−」
母が声を掛けると、ちら、と中村家の方に視線をやり、ぺこん、と腰を折った。
「カsaンドra・チャコーrr……」
両親よりさらに拙い言葉で自己紹介すると、くるりと母の足の裏側に回ってスカートにしがみついて顔を伏せてしまう。
ああ、と康太は思った。
この娘も、自分と同じような気持ちなのだろう。
他の家族に入っていく事が不安で、両親に対して反発も覚えていたのだろう。
元々人見知りなのかもしれない。
足をぶらぶらさせる彼女を見て康太はちょっとした共感を覚えるのだった。
・
・
・
「ただいまー」
「おかえり」
「オカエリナサーイ」
学校から帰ると、リビングにいた母と共にセウロンさんが言ってくれた。
二人は並んで皿洗いをしている。
相変わらず綺麗すぎて日本の台所に立っているのが似合わないセウロンさんだが、元々要領がいいようで家事全般をよく手伝ってくれる。
こんな人が毎日こうして仕事の帰りを迎えてくれてるんだ、と思うと旦那のマルクさんに何とも言えない妬みを感じてしまう。
トタトタトタッ
と、二階から掛け下りて来る軽い足音がした。
「−−−−−−」
セウロンさんが困り顔でその足音の主に向かって外国語で何かを言う。
多分「こら、走っちゃ駄目って言ってるでしょ」的
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