魔法陣のためにどけたテーブルは家の中に戻され、今はカナエとモノリスが差し向かいで座っている。
ノブオは家の二階に上がり、三人のシシーはモノリスの背後に立って控えている。
カナエは椅子を勧めたのだが三人共拒否したのだ。
テーブルの上には二人分の入れ直されたお茶……と、そのお茶をテーブルの端に追いやる複数枚の紙。そしてモノリスの手に握られた一本のペン。
「……」
「……」
座ってからカナエとモノリスの間に言葉はなく、テーブルの上にあるその紙の上にモノリスが黙ってペンでサラサラと何かの式を書き込んでいる所だった。カナエはそのモノリスの手元をじっと凝視している。
座ってからまずモノリスが紙とペンを要求し、カナエがそれを渡してから三分近く。部屋の中にはひたすらペンが紙の上を走る音のみが小さく響き続けている。
式を構成する文字は非常に小さく、紙三枚を黒く染めて四枚目に入るところだった。
タン、とモノリスがペンを置いた。
終わったらしい。
「プロテクトか」
初めてカナエが口を開いた。モノリスが頷く。
「これを……どう、破ったのか、教えて欲しい」
紙に表されたのは「反作用石」の構成式。
シシーの頭脳を魔力から保護していたそれはシシーの胸元に埋め込まれており、損傷した形跡もなかった。
破壊されたのでなければ式を書き換えられたとしか考えようがない。
「うん、理論的には単純なものさ、この……」
びっしり書き込まれた四枚の紙、その一枚目の式の中の一文字に罫線を引き、その上に文字を書き込む。
「これと、この……」
三枚目の紙の式の中の一文字に同じく罫線を引き、文字を書き込む。
「……そういう……事か……」
「式のプラマイを逆にしてやっただけさ、そうするとプラスをマイナスで打ち消す作用がプラスにはプラス、マイナスにはマイナスという効果になる、反作用の逆、増幅装置になってしまう訳だ」
「……理解した……シンプルなものだ」
「こちらからもいいかい」
「……何?」
「今さっき君がやったことだ、転移先を使い手の元に変更するなんて方法私は知らないぞ」
「……説明には、少しかかるが……」
「聞きたい」
先ほどの四枚が横にどけられ、今度は二人がかりで一枚の紙に円状の魔法陣……先ほど使われた魔法陣の縮小版を描き始めた。
おそろしく精緻で複雑な文様がものの一分でで描き出された。
「使用者の割り出しに使うのは……ここ、と、ここ……」
「そこだけでわかるのかい?」
「前後のパターン……突き詰めると五種類の組み合わせになる」
「それは知ってる」
「その式から……こう……」
紙の端にまた難解な式が書き出される。
「この因子………逆算して………時空を……」
「なるほどしかし………乱数の………法則が………逆に………」
魔界の片田舎の小さな診察所の一室。
その木の椅子と木のテーブルとティーセットで構成された部屋で展開されるのは高名な魔道士であっても理解の困難な高次の魔導理論。
それを傍で聞く機械人形達はただじっと主の背を守るのみであった。
「あらかた理解した……私もまだまだだな」
「ぼくも勉強になった」
一時間程の講釈の後、二人はペンを置いてすっかりぬるくなったお茶を啜った。
「で、本題は?」
「……」
カナエがテーブルに肘を付いて言った。
モノリスは俯いて黙っている。
「いくら私が天才でも言わなくちゃわからないぞ」
子供に言い聞かせるようない言い方が気に障ったのか、じろ、と暗い目で睨む。
しかし笑みを湛えたカナエの視線とぶつかるとまた俯く。
「ぼくは」
「うん」
「わからない……」
「何が?」
「…………」
「何がだい?」
「彼女達……」
「後ろの娘たちが?」
「どう……どう、接していいか、わからない」
「ふうん?」
それまで後ろでみじろぎもしなかったシシー達は小さな動きで顔を見合わせた。
「わからないんだ……」
「君が今まで彼女らにどう接して来たか知らないが、それまでと同じではいけないのかい」
「これまでとは違う」
モノリスは背後の魔物達の方を振り返りはしなかったが明らかに意識しながら喋っていた。
「自律した意識があると判明してしまってはこれまでは通りにはいかない」
「言いたい事はわかるよ、しかし彼女達は望んで君に従っているように見えるが」
「それはぼくがそう育ててきたからだ、いわば……」
モノリスは僅かに考える間を置いた。
「親のようなものだ」
「これからも親のようではいられない?」
「親には子を養う義務があるが、所有する権利はない……ただの、持論だが……」
その声に僅かに渇いたものが混じる。この場にいる誰も知らない事だがモノリスは
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