キリングドールズ


 柩から現れた機械仕掛けの少女は衛兵達とボーナイを見据えながらゆっくりとした足取りで近づいてくる。
アルファの性能をよく知るボーナイにはわかっている。戦って勝てる見込みは無い。
いや、この目の前の人形にアルファと同じ戦力があるかどうかはわからない。しかし彼女の余裕のある態度からしてそれに近い戦力差があると考えるべきだ。
瞬時に唯一取れる戦略を判断した。
「動かないでくれたまえ、君の大事な博士はこちらの手にあるという事を忘れてはいないかね?」
ボーナイの言葉で我に返った衛兵達がモノリスの首に刃を当てる。
「……」
ガンマはぴたりと足を止める。効果があったようだ。
「よし……そのまま下がりたまえ」
「……」
ガンマはゆっくりと手を上げながら後ろに下がり始める。
と、掌がボーナイ達の方を向いたところで上がっていく手の動きが止まった。
手が握りこまれ、拳になる。
「ろけっとぱんち」
「何?」
バシュッ!
「へぶっ」
「うごっ」
ガンマの両手が炸裂音と共にボーナイ達の方に吹っ飛んで来た。
想像だにしなかった奇襲に反応できず、モノリスを取り押さえていた二人の衛兵は飛んできた拳を顔面でまともに受ける羽目になった。
もんどり打って倒れる二人の足元にガンマの両手が落ちる。
見ると完全に切り離されているのではなく、腕とワイヤーで繋がっている。
「うぬっ」
倒れた背後の衛兵を無視してボーナイが両腕の無い本体に切りかかるが刃が届く前にガンマは黒衣をたなびかせて頭上に舞い上がった。
カツン、と天井に張り巡らされているパイプの一つに着地し、ボーナイ達を紅い目で見下ろす。
巨大な黒いカラスのようだ。
しかしその両腕からはワイヤーが垂れ下がり、地面にその白い手は落ちたままだ。
「失礼します」
はっし、とその両手が倒れているモノリスの白衣を掴んだかと思うと両腕のワイヤーが巻き取られ始める。
「ああっ!」「待て!」
見る間にモノリスの身体がリフトアップされ、パイプの上に座るガンマの元に引き寄せられていく。
慌てて衛兵達が引き離されていくモノリスの体を取り押さえようとした瞬間、ぬうっと大きな影に視界を遮られた。
衛兵達の顔が絶望に染まる。
アルファだった。
夕日に伸びる影法師のように立つ大きな影に鈍く光る白い人形の目が見下ろしている。
「なっ……なんで……拘束具は……」
と、視界の端に地面に落ちた大きな拘束具とその上にちょん、と座るベータが見えた。
ご愁傷様とでもいうようにぱたぱたとこっちに手を振っている。ガンマに気を取られている隙に解除してしまったらしい。
すうっとアルファが姿勢を低くする。その目には明らかに主を傷つけた者に対する怒りが燃えている。
「う、う、う、うあああああああ」
下で起こる惨事をよそにパイプの上にまで巻き上げられたモノリスはガンマの腕に収まっていた。
一見すると少女の容姿だがその腕力は流石といったところか。
「落ちてしまいますよ、しっかり捕まって下さい」
「……ああ……」
手が泳ぐ。
「ここに……」
手を肩に回させる。
白衣を着た青白い青年が黒衣の少女にお姫様抱っこをされるという中々にシュールな図が出来上がる。
「……おまえの出生を聞かせてくれないか……」
「よくぞ聞いてくれました」
王子と姫のように顔を合わせたまま二人は言葉を交わす、立場は逆だが。
「わたくしはベータ姉さまの手によって生み出されたガンマと申します」
「魔物か」
「リビングドール、という種族になります」
モノリスは微かに首を振る。
「……ならば、ぼくが生み出したシリーズではない」
「冷たい事をおっしゃらないで下さい、マスターの生んだ姉さまによって生まれたわたくし、いわば孫と読んで差し支えないのではないでしょうか」
「……そういうものか……」
「そういうものです」
「……ベータ一人の手で作成されたのか」
「いいえ、アルファ姉さまの収集した素材より生み出されたので、お二方の合作とも言えるでしょう」
「……君が、生み出された目的は……」
モノリスは深く、暗い目でガンマの目を見ながら言う。
「侵略か」
「…………」
モノリスは見た。ガンマの微笑を。
人形にできる表情ではなかった。
「いいえ、マスター、わたくしが生まれた理由は……」
ガンマの顔が近づく。髪がさらさらと触れる。
薬品の臭い、それに混じって感じる不思議な芳香。
気付けば王子が姫に口付けをするような体勢になっている。
「この、ためです……」
そっと瞳が閉じられ、距離が縮まる。モノリスは目を見開いたままそれを見ている。
ドゴォ!
と、その二人のそばの天井で破壊音が響く。
「……
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