街には今日も雨が降り続いていた、雨季に入れば毎年の事だが今年は特に長雨のようだ。
街の主婦達は洗濯物が乾かない事に愚痴を漏らし、子供達は外で遊べない鬱憤を込めて薄暗い空を見上げ、農家の男達は外で働けないのをいいことに家で酒を食らい始める。
そんな雨模様の中、街を囲うように建てられている魔王軍の城塞もやはり少々活気を失う。
なにしろ訓練所は水浸しでこんな中で外に出て訓練しようなどという者は・・・居ない事もないが、稀だ。
しかし、そんな人影のない訓練所に一人の男が現れた。
灰色のレインコートを着込み、ゴミ入れ用の台車を押して男はばちゃばちゃと訓練所を横切り、訓練所の周辺にある水はけ用の溝の元に辿り着いた。
男が予想していたようにここ数日の大雨で押し流された大量の落ち葉やら何やらのごみで排水溝が詰まっており、そこで流れが滞ってしまっている。
男はそのごみを持ってきたシャベルでせっせと崩し、台車に積み込み始める。
訓練所の四隅の排水溝が綺麗になり、流れが正常に戻った頃台車にはごみが山になっていた。
男はよっこらせ、と台車を押し始める。
ふと、そこで男は自分の周囲だけ雨が降っていない事に気付く。
見上げてみると頭上の雨が目に見えない何かにぶつかってぱたぱたと音を立てており、水の筋を作って周囲に流れ落ちていっている、まるで透明な傘があるようだ。
「ジュカ?」
咄嗟に思い当たる名前を呟いてみる。
すると彼の右隣の空間がぐにゃりとたわみ、ぞっとするほどの美貌を備えた淫魔が現れた。
彼の愛するリリムは青のセーター姿をしており、見えない傘で雨を避けながらいつものように男を引き付けて止まない微笑を浮かべてそこに立っていたが、いつもより少し困ったような色合いもその表情に表していた。
「ね、前々から言おうと思ってたんだけど・・・」
「うん?」
「コンラッドはね、働き過ぎだと思うの」
「いや、これしておかないと後々困るし・・・」
「城塞中を一人ですることないじゃない」
「このくらいなら俺一人でも・・・」
ジュカはふう、とため息をついた。
「コンラッド?」
「は、はい?」
いつも朗らかな彼女にしては珍しくちょっと不機嫌そうな声に思わず敬語で返す。
「今日はもう働くの禁止」
「ええ?」
「禁止ったら禁止」
言いながらコンラッドに近付くとぽん、と肩に手を置いた。
「ちょ、待って、このゴミだけ片付け」
最後まで言い終わらないうちに二人の姿は空間の歪みに飲まるように消え、後にはゴミを乗せた台車だけが雨の中ぽつんと残された。
「働き者なのは悪い事じゃないよ、でもね、こんな雨の日にまでくるくる動き回ることないんじゃない?」
「雨だから何もしなくていいというのは違うんじゃ・・・」
「そーいう問題じゃないのよもうばかにぶちんおたんちん」
「お、おたん・・・」
ジュカはぶつぶつ言いながらコンラッドのレインコートを脱がせる。
転移した先は城塞内にある二人の・・・いや、三人の私室だった。
魔王の娘であるリリムは優先的に条件のいい部屋を得る事が出来る、パートナーを見つけたならなおさらである。
寝室やリビング、簡易の台所や浴室までついたちょっとした住居だが、質素が身についているコンラッドとソラン、派手好みではないジュカの三人の部屋なので高価な調度品などは無く落ち付いた内装をしている。
「し、しかしソランだって雨の中働いてるし・・・」
コンラッドはもう一人の愛する妻の名を出した、ソランはこの雨の中防衛線の見回りに出ている。
「ソランもソランで仕事しすぎだと思うなぁ私は・・・帰ってきたら二人でたっぷり労ってあげようね♪」
ジュカは艶やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと髪を拭う。
労うって・・・。
コンラッドは赤面する。
「ね、今日一日はのんびりしない?」
髪を拭いていた手を顎に滑らせながらジュカは妖艶な笑みを深める。
その笑顔にいつまでたっても慣れないコンラッドは思わず視線を逸らしながら考える。
そういえば、最近は色々と忙しくて妻達に構っていなかったな・・・日中は。
コンラッドは元々騎士を目指して修行を重ねて来た男だが、その道では少しも芽が出なかった、おびただしい努力が実を結ばなかった経験もあって一時期は自分には何の能もないのではないかと悩んだ事もあった、しかしインキュバスになり、完全にその道から身を引いてみると今まで見えなかった色々な事が見えて来た。
その色々ある中で、自分にとって一番の収穫は自分が無能などではないという事実に気付けた事だ。
基本的に何もしなくても暮らしていける身分になったコンラッドだが、日々、何もしないですごすのが性分に合わず、城塞の中の細々とした雑務を手伝ったりしていた、その中で自分の手先の器用さは人より優れているという事に気付いたのだ。どのくらいかというとアラ
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