ほっぺたに手をあてがわれ、おもむろに、おでことおでこをくっつけられた。
僕の体は、石のように強張った。
まさに目と鼻の先にある祐の顔に、自分の息がかかってしまってはいけないと、僕は小さく、細く胸を動かした。
僕が、風邪をひいている間、祐は、ずっと側にいてくれた。
その間に、少しだけ分かったことがある。
社の前で、両手を重ね合った時と同じなんだと。
祐は、それをおまじないと呼んでいたが。
僕のそばにいて、祐はできるだけ僕に、そのおまじないをかけ続けようとしているらしいのだった。
たとえば熱を測る時は、おでこに。咳が止まらない時は、胸に。
祐は、手を当ててくれる。
たぶん、肌と肌が触れ合って初めて、効き目が顕れるのだと思う。
汗をかいた寝巻を着換える時も。吐き気を催して、背中をさすってくれた時も。
思い返せば祐は、僕の着物越しに触れる手だけでなく、もう片方の手で、必ず、僕の肌のどこかに触れていた。
そうして、祐が触れたところからはいつも、甘い匂いを添えたような、温もりがゆっくりと僕の中にしみこんできた。
祐と一緒に住むことになった。降ってわいたような話。
それから三日が経っていた。
そういえば、今度の風邪は何だか治りが早い。
「あ、お熱下がってる。良かったぁ。」
祐はそう言って、ほっと安堵の息をついた。
僕の口元に、ふわりと祐の吐息がかかった。
血の流れる音さえ、聞こえてしまうのではないか。そう不安になるくらい、あっという間に僕の顔は、耳まで真っ赤になった。
かあっと、熱くなる。
ちょっと待って、もう少し待って、と、必死で自分の体に向けて、無駄な説得を繰り返した。
これでは祐に、熱がぶり返したと思われる。
ああ、もう。なぜこんな時に、生唾なんてわいてくるんだろう。
呑みこむ喉の音も、祐のあの大きな耳に捉えられる気がした。
そして、今、手を伸ばすよりも近くに、祐の瞳があった。
元来、僕は人と目を合わせるのが嫌いだった。
目を合わせるとは、顔を見ること。
僕を見たせいで人の表情が歪むところなど、好きこのんで見る必要はないと思うからだ。
話し相手と、目線が交わらず、かつそっぽを向いていると思われることのない、さしさわりのない角度をいつも求めていた。
祐には、それが通じなかった。
僕が目端を利かせようとするのを、簡単にあしらうように、すいっと真正面から僕を捕らえてくるのだった。
不思議なことだが、どうやっても、祐の瞳から逃げることができなかった。
人の目を見慣れていない僕が言っても、分かってもらえるかどうか自信はないけど。
祐の瞳は、何というか、どこかが違っていると思った。
まずもって、そこから逸らすことができない。
他人の瞳に映った自分の姿を見たのは、初めてだった。
吸い込まれてしまいそうだと、半ば本気で思った。
山深い湖の水面を覗き込んだら、僕の姿が映っていて。
ふと気がついたら、僕が、水面に映る側の僕になっていたような。
そんな感じがするのだった。
そうして、僕の胸はまた早鐘を打つ。
目線をずらすだけでは力不足と、少々むりやり首を真下に傾けて、目を伏せようとしたのだが。
白地に、すすき模様の浴衣に着替えた祐の、ふくらんだ胸元の合わせ目が少し緩んでいて。
すぐそこに見えてしまった祐の肌は、浴衣よりも白く映えて見えた。
着物の上からとはいえ、今まで何度か、そこに抱かれたことと、やんわり顔を包む感触まで、勝手に蘇ってくる。
つくづく、顔が熱い。
僕の頭の中が、自分で嫌になる。
どうしてこうも余計なことばかり思い出すんだろう。
いや、でも、なぜか余計ではない気もするけど。
それにしたって、何も今思い出さなくたって。
ああ、だからなんで、生唾なんてわいてくるのか。
また聞かれてしまう。
三日で、熱も喉の腫れも、早々と失せていった。
自分でも呆れるくらいの治りの早さだった。
だけど、やっぱり苦しい思いを長いことしなくて済んだのは嬉しいことだった。
どこか、悪いところはない? と、安堵しながらなおも祐は僕を気遣う。
僕はそんな祐を見ながら、思っていた。
早くに治ったのは、祐のおかげなのかな、と。
今までは、僕が寝ている間しか祐は来なかったという。それが起きている間もずっと一緒にいるようになった。
いつもならまず一週間、僕は布団から出てこられない。
祐が来てくれたとたんに三日、である。あの「手当て」のおかげと考えるのが、もっとも腑に落ちる。
お稲荷様のふしぎな、ちから。「ご利益」なんていうと、何だか俗っぽくなってしまうから嫌だけど。
嬉しかったことが、ふと心配になる。
祐は、
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