「祐ちゃん、そろそろご飯よそってくれるかい?」
 「はぁい、かか様。」

 台所から、話し声が二つ、軽やかに廊下を弾んで、離れた部屋で横たわる僕の耳の中に転がり込んでくる。
 母と、祐の、夕餉の支度。

 「そうかい、あの子起きたかい。」
 「はい。」
 「じゃあ、もう今日からなのかい? 祐ちゃんは。」
 「御迷惑でなければ。」
 「なあにを水臭い。あんまり体のできは良くない子だけど、よろしくね、祐ちゃん。」
 「はい、こちらこそ。」

 話の中身はよくわからないけど、ぼんやり聞いているだけでも、安らぐような気がする。
 鼻が通っていれば、米の炊ける匂いにさぞ空腹を煽られているところだろう。
 
 「祐ねえちゃん、おいらもてつだう!」
 「実! あんたは成の方見とかなきゃだめじゃないの。一人で汁物並べさせて、ひっくり返したらどうするんだい!?」

 僕と二つ違いの弟、実(みのる)の声もそれに加わると、母の声が、弾むというより投げつけてくるような感じに変わった。
 兄と違って、弟は普段からよく通る声の持ち主だ。
 母に似たのだろう。
 その実と二つ違いの妹、成(なる)は、どうやら茶の間で配膳中のようだ。
 七つの子一人にやらせるには、確かに少々危なっかしい。
 でも、兄の贔屓目を抜きにしても、きょうだい二人とも、年の割に随分しっかりしていると思う。やはり、不甲斐ない長兄を持ったせいだろうか。

 「あ、かか様。それじゃ私が、なるちゃん見てきます。
  みのる君、ねえちゃんの代わりにごはん、よそってもらえる?」
 「うん、わかった!」
 「ごめんよ、祐ちゃん。ほら実、しゃもじはこっち!」
 母が、しゃもじを何かに叩きつける音が、かんかんと鳴った。
 祐の履く足袋の足音は、そんな中でもすさすさとよく聞こえた。
 茶の間へ向かったものらしい。

 「おおい、妙。俺の着るもんはどこだ?」
 「ちょ…っと、馬鹿、あんた! もう祐ちゃんもいるんだから、そんな格好でうろつくんじゃないよ!
 実! 父ちゃんの着替え出しとけって言ったろ? まぁた忘れてこの子は、もう!」
 
 母、妙(たえ)の大声を聞いて、僕は弟に対する先ほどの評価を、そっと保留することにした。
 今ぐらいの時期になると、父、厳(いつく)の、風呂上がりそのままの格好で家の中をうろつく癖が出始める。
 手拭すら巻かない。ある意味、男らしい。
 父は熱い湯が好きだ。ゆで上がるくらい温まった体が風に冷まされるのが、心地よいという。おかげで後に入る僕らは、湯をうめるのに少々手間がかかる。
 いずれ秋から冬になれば、圧倒的な寒さのためにかなわぬ楽しみとなってしまうので、ああやって母に文句を言われつつも、なかなかやめる気にはならないらしい。
 なんとなく、気持ちは分かる。あまり分かりたくはないけど分かる。
 疲れて帰ってくる父の楽しみに、けちをつけるようなことはしたくはないが、ああいうところは父親似でありたくないと思う。

 「なるちゃん、お姉ちゃんも一緒にお味噌汁、並べてもいい?」
 「うん、いいよー。」
 元気良く返事したのが、妹の成だ。
 どうやら、畳に味噌汁を飲ませずに済んだらしい。
 おねえちゃん、こぼしちゃだめよ? と、祐に並べ方の指導を垂れている。
 しっかりしてるな、と改めて思う。
 はい、きをつけます。と、祐は、それが微笑ましくてならぬといった声で、成に返事をした。


 この家が一番賑やかになる時間が、たぶん今だ。
 夕ごはん間際の、この時。
 父が一番風呂を使い、母が台所。弟と妹が風呂焚き、飯炊きのお手伝い。
 それに、今日は祐も加わっている。

 本当に、祐は驚くほど自然に、この家に解け込んでいる。
 解け込むという言い方は、正しくないかもしれない。
 僕の知っている以上に、祐とこの家とは長い付き合いだというのなら、むしろ当然のことだろう。家族が何も教えてくれなかったことが、今更ながら不可解だが。
 それとはつゆ知らず、うんうん唸って寝ているしか能のなかった身には、やはり驚きの方が先に立ってしまう。
 

 数はもう、足りている。
 ただ我が身だけが、やり場なく余っている。


 そこでそんなことが頭をよぎるのは、なんなのだろう。
 楽しい場が繰り広げられているのは分かっているのに。
 なぜ、皆と同じように微笑ましい気持ちだけに満たされて過ごせないのだろう。
 とりあえず、いつものようにそいつをとっ捕まえて、自分の中深くに沈め、ふたをする努力を始める。
 この胸の澱は、いつかなくなるものなんだろうか。
 溜まりに溜まった挙句、あふれ出す、あるいは器が破れる、なんてことになったら嫌だ。
 自分の体の中のことが、自分にはいかんともしがたい。
 隔靴掻痒、と、お寺で読ん
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