「……ママ、誰? この子」
帰ってきたら、男の子がいた。
その子は、ごはんをたらふくママから振る舞われていた。
歳は、あたしよりも小さい子に見える。
男の子は、あたしとママを交互に見比べながら、なんだかおどおどしているみたいだった。
見知らぬ家で、子供一人。おまけに蛇の体に蛇の髪を生やした魔物に挟まれれば、緊張せざるを得ないのかしら。
「こ、こんにちは」
あたしを、というよりあたしの髪をちらちら見ながら、その子はあいさつをした。
「あら、エシェルちゃんお帰り。この子? ルネくんっていうの。
ママの命の恩人だから、せめてものお礼にご飯をごちそうしていたのよぅ」
大げさな言葉が、至ってのんびりとママの口から出てくるのが、なんだかおかしい。
それを聞いてあたしは、ママの恐るべき方向音痴のことを思い出した。
「……ママ、まさかまた迷子になってたんじゃあ……」
あたしが生まれる前からこの町に住んでるって言ってなかったかしら。十数年ものあいだ、どうやって生きてきたのよ。
「どうもそうみたいなのよぅ。
でもね、ママ的には、いつもの路地をいつもの方へ曲がっただけなのよ?
エシェルちゃんに教わったとおり、角を曲がってから5軒目ってちゃんと数えたもの。
お家に着いたーって、普通にドアを開けたら、なんだか間取りがいつもと違うのよぅ。
うーん、でもそういうこともたまにはあるのかしらって思いながら、買ってきたお野菜下ろそうとして、キッチンのつもりで入った部屋でね?
ベッドがあって、その上でジョゼさんと旦那さんが、赤ちゃんつくってる真っ最中だったの。
ママもうびーっくりして、
『キッチンでするときは、刃物なんかを片づけてした方がいいですよ?』
って教えてあげようとしたんだけど、それにしてはベッドが置いてあるの、おかしいじゃない? キッチンでしてる気分を味わいたいなら、わざわざベッドなんか持ちこまないんじゃないかって思うの。
だから、あ、ここはもしかしてママのお家じゃなかったのかなー、って推理したのね。
でも、ここで出会ったのも何かのご縁だから、とりあえずジョゼさん達には
『頑張って下さいね、赤ちゃんできたら後でお祝いお送りしますね〜』
って言って出てきたんだけど、そんなの見ちゃったらほら、妬けてきちゃうじゃない? うちだって負けてるわけにいかないじゃない? だからもう、しょうがない、今晩、パパと朝まで――」
「なっ、ちょっと、ママ何の話してんのよさっきから! 子どもの前で!」
見ず知らずの男の子の耳を、両手のひらでぐっと押さえながら、あたしは真赤になって叫んだ。
もうどこから突っ込んだらいいのか分からない。
とりあえず、当分ジョゼさんご夫婦とは顔を合わせないほうがいいかもしれない。
「つまり、この子が道案内してくれなかったら、あたしのママは今頃路上でのたれ死んでるか、他人の家に押し入ってプライベートの邪魔をするところだったと。ていうか既に邪魔をしてきたと」
「ひどーい、エシェルちゃん。ちゃんとママ、
『せっかくキッチンにいるんだから、いろいろ体の向きを変えたりとか、ジョゼさん大きなお胸をお持ちなんだから、あんなことやこんなことに使ってあげた方が楽しいですよぅ』
って教えてきてあげたんだから」
「だからそこキッチンじゃない! っていうかでっかいお世話過ぎるわよ! もういいからちょっとママ黙って!」
のんびりしているわりに、口ばかりぺらぺら回るけど、ちっとも要領を得ないママに代わって、あたしは目の前の男の子に尋ねてみた。
「ボク、えっと、ルネ、くん? あのひとをお家まで連れて来てくれたの?」
男の子は、あたしに顔をはさまれたまま、こくんと頷いた。
「こまってたから、助けてあげなきゃって、思った」
はー。
この子、たぶん、あたしより三つか四つくらいは下かもしれない。
ぱっと見、内気そうな子だけど、その口から出てくる言葉はなかなかどうして、大したナイトぶりじゃない。
随分しっかりしたもんだわ。少なくとも横でニコニコしてるうちのママよりは。
そうそう、そうなのよぅと、ママがポンと手を叩いて呑気に言った。
「そうだったの。えと……あ、ありがと。不甲斐ない母に代わってお礼を言うわ。でも知らないお家なのに、よくわかったわね」
「そこはほら、ママがエシェルちゃんから教わった道順を、ちゃんとルネくんに伝えられたからよぅ」
「威張る前に、最初っからまともに帰ってきてよ、その道順で!」
人に道順は教えられるくせに、よそのちっちゃい子に手を引かれないと帰ってこられないの、うちのママは?
「……へび」
男の子の声に、そっちへ向き直る。
あたしの髪の、蛇の一匹が、いつのまにかルネの頭の上にのっかって
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