目の前には、やわらかそうな尻尾。
 畳の上で、その尻尾は横たわった僕をあやすように、時折ぱたり、ぱたりと動いている。
 本当の赤ん坊みたいに、僕はいつもより重い手を不器用に伸ばして、その尻尾を掴んでみたくなる。
 でも、水桶から、祐がこちらへ向き直るのに合わせて、尻尾は体の後ろに隠れてしまった。
 とっさに額を擦り、行き場のなくなった手をごまかした。
 こういう時、赤ん坊なら泣いてむずかることもできるのだろうけど。
 代わりに、胸の奥から突き上げるように、耳障りな咳が三度ほど。
 祐に咳がかからないよう、必死に顔をそむける。
 喉を上下する痰がわずらわしく、強いて呑み込もうとすれば腫れた喉に響いた。

 
 祐の左手が、掛け布の上から僕の胸にあてがわれた。
 すると、そこを中心にして、きれいな水がゆっくりと体の内にしみこんでいくような感じがした。
 そっと祐の指が動き、優しく胸を撫でる。
 ざわざわ、むずむずしていた胸が、不思議と鎮まり、痰にふさがれた喉がすうっと通った。
 これも、あの時のおまじないみたいなものだろうか。
 気持ちいい。
 「手当て」とは、こういうことを言うのだろうなと思った。
 触れてもらえるだけで、とても救われる気がするというのに、不思議なおまじないまで施されて、なんだかもったいない。
 咳が収まり、息が整うのを見計らって、新しい冷たさを抱えた藤色の手拭が額に乗せられた。
 余分な水気をよく切ってあり、吐く息までもが熱い今の僕には心地よかった。
 「おなか、すいてない?」
 そう聞かれたが、特に食欲は感じない。風邪のひき始めは、いつもそうだ。
 とはいえ、何も食べずにいても体力は落ちるばかりだから、夕飯時に少しだけを無理やり押し込むのが常だった。
 今は、まだお日様も真昼の高さにある。
 どこか近くの木に油蝉でもとまっているらしく、わんわんと鳴くのを聞いていると嫌でも体温が上がるような気がしてくる。
 まだ朝を抜いただけだから、だいじょうぶ、と、僕は答えた。
 だが、祐は目を丸くして、ほんとに? と念を押す。
 「丸一日食べてないから、大変でも何かお腹に入れておいた方がいいよ。」
 
 丸一日、と聞いて驚いた。僕が熱を出してからもう二日目になっているという。母のもとへ「風邪をひいた」と告げに行ったのは、既に昨日のことなのだ。
 そして再び床に入ってから、そのまま日が沈み、また昇って、昼にやっと目を覚ます。そしたら祐が僕の脇で舟を漕いでいた、ということになる。
 確かに、熱がひどいときなど、昼の間寝入ってしまい、気がつけば夕方や夜になっていたことは、今までにもあった。
 でも今度のように、日の入りとその次の日の出を丸ごと寝過ごす、といったためしはなかったので、にわかに実感できない。
 そう聞くと、ちゃっかり腹の虫が鳴き出してきそうだった。
 とりあえず、もう少し経ったらお腹も減ってくると思うから、と祐には答えておいた。
  
 「無理しなくて、いいよ。ゆたかのとと(父)様もかか(母)様も、お夕飯時まで戻ってこられないから。」
 そのあいだ、面倒を見ておいてくれるように、僕の家族からことづかっているのだと、祐は教えてくれた。
 「だから、何でも言って。」
 と、自分の胸を指す祐。

 妙に家族と慣れ親しんでいるような物言いをするので、父や母と祐は知り合いなのかと尋ねてみた。

 まさかとは思ったけれど。
 その大きな耳の生えた頭を縦に振り、実に当然のように、そうだよと頷かれては、やはり驚く。
 自分が浦島太郎になっていたことよりも、驚きだった。
 
 祐は、既に昨日のうちから家を訪れ、外の仕事で忙しい家族に代わって、僕を看てくれていたのだった。昨夜は家に泊まってさえいたらしい。 
 見舞いに来るのも、今日が初めてのことではないのだそうだ。
 僕が熱を出して、それこそ今みたいに長く寝込んでしまうほど症状がひどい時など、どこからともなくやってきて、僕が眠っている間にこうやって頭を冷やしたり、目を覚ました時に腹に入れるものをこさえてくれたりしていたという。
 祐の口からそう聞かされた僕は、しばらくぽかんとしていた。
 「どこからともなく」などと言われても、何だか煙に巻かれているみたいだ。
 今日はうっかり僕の横でうつらうつらしてしまったため、帰る前に、目を覚ました僕に見つかってしまったようだ。
 「ゆたかはよく風邪ひくから、とと様、かか様とはもう、すっかり仲良しになっちゃった。」
 そう言って祐はころころと笑う。
 目が覚めてからというもの、初めて知ることばかりだ。
 あの社で祐と会ったその日、別れ際の言葉におかしいなと思いはしていたが、やっぱりあれが初めてではなかったのだ。
 「『ゆたか』の、字の書き方が分かっ
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