ラウエル救援作戦

雪は時に命を奪う。
雪崩や凍死の様な直接的な物から、雪が降る事で起こる間接的な物まで、様々な形で生きている者を襲ってくる。
フェリンツァイスが直面した困難は、正にそういう種類の物だった。

フェリンツァイスは、雪深い山岳地帯を走る街道の結節点に出来た街であり、更に山深い地域に位置する村々を結ぶ重要な都市である。
そのフェリンツァイスに一つの凶報が届いたのは、皮肉にも記録的な大雪をもたらした雪雲が切れた、目が覚める様な晴天の日だった。
凶報を届けたのは、フェリンツァイスから更に山奥へ進んだ所にある村、ラウエルから来た男達である。

ラウエルは山間にある小さな村で、主な産業と言えば酪農とその加工業くらいしか無い、田舎そのものと言っていい場所だ。
ただし、ラウエルで作られる特産品は有名だった。
ホルスタウロスのミルクと通常の牛乳を混ぜて作られるタウロスチーズである。
ホルスタウロスミルクよりも保存が利く上に、味も濃厚なタウロスチーズは、フェリンツァイスの重要な交易品の一つでもある。
もたらされた凶報とは、そのラウエルで流行り病が猛威を奮っているという物だった。

事はこの一帯に大雪が降りだす前に遡る。
その時点でもラウエルには何人か高熱を出す病人が出始めていたが、それはあくまでも例年並みの物であり、取り立てて騒ぐような話ではなかった。
事態が急変し始めたのは、毎年行われる村の冬祭りの直前の事である。
それまで個人単位でしか出ていなかった熱病が家族単位に広がり始め、瞬く間に村中の人間が寝付いてしまったのだ。
幸いにも、この流行り病は人間にしか感染できなかった為に、ホルスタウロス達とインキュバスになっていた夫達は感染を免れたのである。
普段ならば搾乳と性交ばかり(村での彼らの役割を考えれば、それこそが彼らの仕事なのだが)の彼らも、この一大事に大きな決断を下した。
つまり、妻であるホルスタウロス達は総出で村人達を看病し、夫達は助けを呼ぶ為にフェリンツァイスまで大雪が降る山道を走破する事にしたのだ。
一歩間違えば、夫達も雪中で息絶えていた危険な賭けであったが、彼等は人間よりも頑健なインキュバスであり、また、大雪をもたらしていた雪雲が過ぎ去った幸運もあって、一人も欠ける事無くフェリンツァイスにたどり着く事が出来たのである。

ラウエル存亡の危機の知らせは、直ちにフェリンツァイスの領主であるツァイス伯に伝えられた。
話を聞いたツァイス伯も尋常ならざる事態に強い危機感を持ち、ここにフェリンツァイスの総力を挙げた、ラウエル救援計画が立ち上げられる事となったのである。

病気の対策を任されたフェリンツァイスの医師達にとって最も重要な事は、まず何よりもフェリンツァイスに病を持ち込ませない事であった。
そこで、助けを呼びに来た夫達を、非礼を承知の上で街から離れた空き家に移し、それから村人達の症状を聞き取る事にした。
幸いにも彼等に感染の徴候は無く、流行り病自体もフェリンツァイスでもよく発生する物であると推測された為、村人達に行き渡るだけの量の薬と、それを処方する医師を速やかにラウエルに送る事が出来れば、大事に至る事は無いだろうと判断された。
ここまでは順調に事が運び、ラウエルの危機を解決する方法も見えてきた。
しかし、問題なのは次の段階である事を、救援計画に関わる者全てが認識していた。
即ち、大雪によって寸断状態にあるラウエルに、どうやって薬と医師を送るのか、という問題である。

真っ先に考えられたのは空路であったが、これは即座に否定された。
この地方の冬期の天候は不安定で、空を飛ぶ魔物ではリスクが高すぎると判断されたのだ。
必然的に陸路を選ぶ事になるのだが、陸路もまた問題が山積していた。
既に大雪は止んでいたが、雪によって山道自体が埋もれてしまっている。
一見して有利な条件に見える快晴も、気温が上昇する事でかえって雪崩のリスクを増やしてしまっていた。
夫達がこの危険な山道を無事に下ってきたのは、インキュバス故の頑健さと、一か八かの博打に出た蛮勇が、たまたま上手く行った幸運の賜物だったのだ。
結果として、採るべき手段は非常にオーソドックスな物とならざるを得なかった。
雪山を渡るプロであるホワイトホーンに、薬を持った医師を同行させて山道を行く、という方法である。
人間よりも遥かに雪山を知っている彼女達と一緒に雪道を切り開いていけば、万全ではないにしろ比較的安全にラウエルまで到達できるはずだった。
しかし、この方法では時間がかかりすぎる。
そこで、助けを求めてきた夫達と同様に、救援計画を進める者達も一つだけ、覚悟の上の博打を打つ事にしたのだ。
つまり、道を切り開いていく本隊に先駆けて、ホワイトホーンに医師と薬を背負わせ、冬の山道を全速力で突っ切らせるという、
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