カッという乾いた音を立てて木剣が弾き飛ばされた。
ジュリアンの木剣の切っ先がイリーナの喉元に突き付けられている。
「これで5対0」
訓練の為に砂が敷かれた中庭で、三日に一度の頻度で二人は手合わせを続けている。
ジュリアンは未だに虜囚の身である為に、二人はジュリアンが収監されている施設の中庭を使っていた。
「まだまだ私の方が強いかな」
木剣で自分の肩を軽く叩きながら軽口を叩く。
別にジュリアンは嫌味で言っている訳ではない。
この手合わせをする様になってから、随分と人間が柔らかくなっていた。
「・・・今度来る時は、一本とって見せます」
「ああ、楽しみにしている」
苦虫を噛み潰した様な顔のイリーナに答えながら、傍らに来た官吏に両手を差し出す。
既に形だけになったとはいえ、虜囚の身であるジュリアンの手に鎖が掛けられると、彼は中庭から去っていった。
「はぁ・・・更に強くなってるじゃないですか・・・」
イリーナは思わず大きな溜め息を付いてしまった。
約束通りに修行に付き合ってもらっているのだが、始めて以来イリーナが勝てた事は一度も無い。
決してイリーナが弱くなった訳では無い。
ジュリアンが強くなっていたのである。
以前のジュリアンは基本に忠実であるが故の、堅牢な防御が特長であった。
しかし、今のジュリアンの剣は正反対と言える。
イリーナの変幻自在な剣技を、ごく自然に受け流してしまう。
自分で何かをしようというのではなく、まるでイリーナの剣に付き合う様に先回りしていた。
人柄が変わる事で、こうも剣まで変わる物かと、イリーナは今更ながらに剣の奥深さを噛み締めていた。
「で、あんたの所の弟子はどうなのよ?」
ピーニャが盃を傾けながら、隣に座るサラマンダーに問い掛ける。
「んー、今のまんまじゃ何時まで経っても告白なんか無理じゃない?」
淡い黄色の衣に包まれた川魚の天ぷらを口に運びながら、サラマンダーは弟子をバッサリと切って捨てた。
彼女、シャーリィ・ブロンクスは大闘技大会で優勝した事もある猛者であり、ピーニャの幼馴染みである。
二人は行き付けのジパング料理の店で杯を傾けていた。
「いま教えられる事は全部身に付いてるんだから、あとは本人が気付くまで待つしか無いわよ」
口の中のほろ苦さへ香りを被せる様に酒を流し込む。
「素直に魅了効果を付与した武器でも使えば話が早いのに」
「本人が『それじゃ意味が無いんです!』って言ってんだから仕方ないでしょ」
イリーナはジュリアンに勝ったら告白すると決めていたのだが、それには正々堂々と勝たなければならないとも決めていた。
魔力に頼って恋愛関係になったのでは意味が無い、という事であるらしい。
「面倒くさい話だ」という言葉を喉奥へ流し込む様に、二人とも杯を干す。
シャーリィがピーニャの空いた盃に酒を注ぐ。
「まー、そろそろいい感じに煮詰まって来てる頃だし、気付いてくれるとも思うけど、なにせあれは堅物だからねえ・・・」
シャーリィが小さく溜め息をつく。
突き放している様だが、シャーリィはイリーナを信用していた。
ほとんど弟子を取らない彼女が弟子に迎えたというだけでも、イリーナの才能は確かな物なのである。
「なら、黙って見守ってますか」
ピーニャもシャーリィの盃へ酒を注ぐ。
「そ。周りは見守るだけよ」
二人はイリーナの成長を信じる様に、杯を目の高さに捧げた。
師匠の予想通り、イリーナは煮詰まっていた。
自分の自在な剣が、まるでジュリアンに届く気がしない。
今すぐにでも告白したいのに、どうやっても出来ない。
その思いが頭を巡り、内に秘めている魔物娘の本能が疼く。
イリーナはそれを抑え込む様に、自室で正座しながら瞑想を続けていた。
魔物娘なら有り得ない行動ではあるが、彼女はごく自然にそうしている。
もちろん、彼女が魔物娘には珍しい生真面目な性格であるのが、一番の原因ではある。
しかし、それだけではない。
放てない情欲を内に溜め込む事が、解き放たれた時を限りなく甘美にする事を、無意識に理解していたのである。
秘部からトロリとした物が滴り落ちそうになる感覚を、抑え込もうとするが上手くいかない。
止める様に指で秘部を抑えれば、指先には湿った感触が伝わる。
そのまま指を動かしたくなる衝動を抑える為に、もう片方の手で秘部に這わせた手を抑える。
落ち着けようとすればするほど、頭の中はジュリアンの事が渦巻く。
コップへ静かに溜まり続けた水が溢れ出した様に、その思いは絶え間無く涌き出し続けていた。
三日後、同じ中庭で再び二人は対峙していた。
ジュリアンの木剣がイリーナの木剣を容易く押さえ込む。
「4対0」
少し気に入らない様にジュリアンがそう告げる。
イリーナは前回よりも更に精彩を欠いていた。
正確に言えば、精彩を欠くと言
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