番外編.1 竜の国の元竜殺し

「どうする?」
「帰る訳には行かないしなぁ・・・」
ルカは腕を組んで石壁に寄り掛かり、ルイーザは暇をもて余した様に尻尾を揺らしている。
二人は途方に暮れていた。

ルイーザとルカのティカル姉弟が釈放されたのは、一連の事件から一月ほど経った事である。
最初は酷い悔恨に苛まれたルカも、ドラゴンに変化したルイーザと牢屋で二人きりでいる内に、姉の変化を受け入れられるようになっていた。
しかし、竜になったルイーザを一族の下へ連れて帰る訳にはいかず、おまけに姉弟で男女の仲になってしまったのでは、なおの事、故郷に戻れる訳がなかった。
文字通り身一つで異国に放り出された格好の二人は、さしあたって途方に暮れるしかなかったのである。

「おや、予定より早く釈放されたのかい?」
途方に暮れている二人の前に現れたのは一人のワームだった。
二人は彼女を知っている。
「あの時のワーム・・・」
「ピーニャ・クラーナハよ。あなた達には、まだ名乗ってなかったわよね?」
ピーニャは腕組みしながら、面白いものを見るように二人を見ていた。
「・・・あの時のケリでも付けるつもり?」
ルイーザはルカを庇うように身構える。
ルカも身構えたのだが、二人とも武器を取り上げられているので、完全に丸腰だったのだ。
しかし、ピーニャはその様子に呆れたように溜め息を付く。
「この国の住民がドラゴンを傷付ける訳無いでしょう」
心外だとでも言わんばかりの様子で、敵意が無い事を示すように肩を竦めて見せた。
「第一、あなた達を釈放するようにデオノーラ様に頼んだのはあたしよ?」
「・・・何のつもり?」
ピーニャの言葉を聞いてもルイーザは警戒を解かない。
わざわざ敵を釈放する事に、理由が無いはずが無いのだ。
「デオノーラ様には『有意義な人材を牢屋で置きっぱなしにするのは無駄でしょう?』って言っただけよ」
ピーニャはルイーザの警戒ももっともだと思いながら、なにも隠さずに考えている事を伝える事にした。
「お昼ご飯でも食べながら説明するわ。奢るわよ?」


竜翼通りのテラス席で、三人は昼食を取りながら話し合っていた。
「街中の竜があんなに盛っちゃったのは初めて見たわ」
ローストされた魔界蜥蜴が挟まれた分厚いサンドイッチを摘まみながら、ピーニャは二人と話している。
「あんな使い方をしなければ、あたし達の役に立つと思った訳よ」
ピーニャの狙いは、竜の寝床横町を大混乱に陥れた二人の技術だった。
その効果にピーニャは感心していたのである。
「・・・作り方は一族の秘伝よ。私は竜になったけど、だからといって一族の秘伝を教える訳にはいかないわ」
ルイーザはピーニャを真っ直ぐに見据えながら、ピーニャの提案を拒否したが、ピーニャはルイーザの義理堅さを好ましく思った。
「レシピを教えろとは言わないわ。それに、あのままじゃ効果が強すぎて使えないしね」
もちろん、彼らの技術は竜を殺す為の物なので、安全に使用できる様に調整しなければいけない。
それも含めてのピーニャの依頼であった。
「つまり、行くあてが無いのなら、ここで薬屋をやってみたら?って事なのよ」
「僕らがこんな事になった意趣返しをするとは考えない?」
ルカの目付きは警戒と不審を隠していない。
「そうまでして復讐するほど、元の生活に執着があるの?」
ピーニャもそれに応える様に真顔で返す。
腐敗のブレスを受けた後の顛末を考えれば、ピーニャには到底そうは思えなかった。
「・・・分かった、やってみる」
小さくため息を付いた後、ルカはピーニャの提案を受け入れる事にした。
まるで正反対の目的でドラゴンスレイヤーの技術を使う事には複雑な感情もあったが、今となってはドラゴンスレイヤーの立場に拘る理由も無くなってしまった。
自分が持っている技術がそれしかない事もあり、また、自分達を苦しめてきた因縁へのささやかな復讐という感情も、僅かながらに芽生えていたのである。


市街地から外れてポツリと建ってる一軒家が、当分の間の二人の家となった。
作る物が物だけに、実験に失敗した場合を考慮して、ピーニャが用意した物件である。
「まさかこんな事になるとはなあ」
「世の中、何が起こるか分かったものじゃないわね」
二人は薬研を使って、薬の材料をゴリゴリと粉にしていた。
ドラゴンの手は細かい仕事をやれる様には出来ていないが、ルイーザにとっては慣れた仕事である。
ついこの間まではドラゴンゾンビを誘拐しようと知恵を絞っていたのに、今では竜達を喜ばせる為に知恵を絞っている。
その有為転変を考えれば、これから少々の事が起こったところで驚く程の事はない様に思えた。
「・・・姉さん」
「?」
「もし、僕がブレスを受けてなかった時に襲っていたら、受け入れてくれてた?」
もし、こんな形でルイーザがドラゴンになっていなか
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