バノッティがワイバーンに連れ去られ、ジュリアンとイリーナが文字通り火花を散らしていた頃、レオンとルイーザの睨み合いにも動きが起きた。
ルイーザは矢筒から矢を無造作に引き抜くと、素早く弦につがえる。
その動きに無駄が無い事もさる事ながら、尋常では無かったのは、弦を引くルイーザの右手には指で挟んだ三本の矢が有った事である。
それは本来、竜の巨体目掛けて大量の毒矢を一度に撃ち込む為の技術であったが、矢を散らせて防御を絞らせないという点で、ラスティとエルを守るレオンにとっては別の意味で厄介であった。
「っ!エルフじゃあるまいし!」
異様な射撃体勢を見たレオンは、とっさに空いている左手で太股に隠しておいたボーラを引き抜くと、右手のローブと共に振り回した。
パヂッ、パヂッと音を立てながら、放たれた毒矢は容易く弾き落とされてしまう。
ピンチの後にチャンスあり。
その動きのまま、レオンは左手のボーラをルイーザへと投げ放った。
風を切る鋭い音を立てながら、ボーラは真っ直ぐにルイーザへと飛んでいく。
見た事も無い武器に、ルイーザが「あっ!」と驚いた時には、既にその一対の錘を繋いだ鎖がルイーザの弓に絡み付き、弓を左手へと縛り付けてしまっていた。
相手を生け捕りにする為に使うボーラは、『ランタン』の人間が好んで使う武器の一つである。
更にもう一振り、今度はローブをサイドスローで投げ放つ。
ボーラとは比較にならないほど重いローブは、その飛翔速度も遅かったが、自分の左手に絡み付いた鎖に気をとられたルイーザは、投げられたローブに気付くのが遅れた。
ローブが今度はルイーザの両足を絡めとる。
反射的に足を出そうとしたルイーザは絡んだローブに足を取られ、つんのめってその場に転んでしまった。
片手両足を絡め取られた時点で、既にこの勝負は付いてしまったのだ。
魔物娘を決して傷付ける事なく、効果的に無力化する事を叩き込まれる『ランタン』の面目躍如とも言える、レオンの鮮やかな手並みである。
が、
勝負がついたその瞬間を狙ってラスティへ放たれたナイフを、レオンは素手で止める事しか出来なかった。
ブヅッ!
という刃物が皮膚を突き抜ける、嫌な感触が右手を襲う。
そこへ畳み掛ける様に、反対側のエルへもナイフが放たれる。
既に体勢を崩されたレオンは反射的に左足を伸ばし、エルへ投げられたナイフも受け止める事に成功した。
しかし、それは右手と左足にナイフを食らったという事でもある。
身を呈して庇った代償は、レオンにとって決して小さい物ではなかった。
「いやぁっ!!」
「レオンっ!」
「前に・・・出るな」
目の前でレオンが深手を負った事にラスティとエルが悲鳴を上げるが、それでもなおレオンは、大の字で二人の前に立ち続けていた。
チラと傷を窺えば、右腕と左足に二本づつ、どれも深々と刺さって反対側に切っ先が顔を出している。
傷口から流れ出た血が幾筋も走り、石畳に赤い滴を落としていた。
今は傷口が締まっているので大した出血ではないが、深手である事は間違いない。
レオンは辛うじて立ち続けてはいたが、痛みというよりも痺れに近い感覚が襲い始めていた。
「あーあ、まさか全部止めるとは思わなかったな」
建物の陰から、ゆるりと現れたルカは、酷く不満げな顔をしていた。
姉の身を囮にしてまで狙った隙を全て潰された事が、ルカとしては気に入らなかったのだ。
「姉さんを傷一つ付けずに倒したのは大したもんだけどさ」
右手に持ったナイフを指先で弄びながら、ルカはレオンへと問いかける。
「そんな身体中を穴だらけにしてまで、その腐れ竜を護る価値があるの?」
それは苛立ちと純粋な好奇心が半ばした問いであった。
「価値の有る無しなんて関係あるか・・・」
乱れた呼吸をしながら、レオンがルカを睨み付ける。
「ラスティやエルは生き直したい、幸せになりたいって生き返ったのに・・・それをまた不幸に出来るかよ!」
全ては自分が二人を見つけた事から始まった事なのだ。
ならば、それを幸せな結果に出来るのも自分しかいないではないか。
そこまで口にしようとした時、レオンはグラリと崩れ落ちた。
手足に力が入らない。
気が付けば、傷口は痺れを通り越して感覚すら失い始めていた。
ナイフをよく見れば、ビッシリと彫金が施されている。
それは、かつては竜を狩る際に、投げ槍の穂先として使われていた物だった。
彫金は単なる装飾ではなく、より多くの毒を塗る為の工夫だったのだ。
その無感覚が深手による物ではなく、毒によるものだと気付いた時、レオンは全身から嫌な汗が吹き出したのを感じた。
「あれ?その毒は人間には効かないんだけどな」
そのレオンの様子に、ルカも意外そうな顔を見せる。
人間に無害な毒だからこそ、ドラゴンスレイヤーの毒は安心して使えるのだ。
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