エミール達が対策を考えていた頃、レオン達三人はいつもの洞窟の中で寝ていた。
今では刈り取ってきた草が敷き詰められ、その一角は寝床らしい風体になっている。
エルは横を向いて寝ているレオンの背中に重なりながら寝息を立てていた。その爪はレオンのシャツを握りしめている。
レオンがシラーと会った後のエルは、レオンが自分から離れる事を怖がり、寝ている時もレオンと一緒に居たがる様になっていた。
ラスティはレオンの腕の中にいたが、彼女は中々寝付けずにいた。
「レオン・・・起きてる?」
「起きてる」
「・・・わたしね、昔の名前を思い出した時から、昔の事を色々思い出すようになったの」
「昔の事?」
「そう。・・・まだこの姿になる前の事」
身体だけでなく心の損傷も癒えつつあるのか、このところ、ラスティは過去の記憶を取り戻す事が増えてきていた。
そういう時のラスティは、理知的な雰囲気を取り戻す事がある。
それは、生きている竜の雰囲気に近い。
「・・・寝ていると夢に見るの。ここに来て、エルを産んで・・・その為に何をしたか」
その声は古井戸の淀んだ水面の様に沈んでいる。
「あの頃のこの辺は、まるで獲物が居なくて・・・餌になりそうな物は手当たり次第に襲って・・・」
声が少しずつ震えていく。
「今の姿になって、初めて分かったの・・・みんなわたしと同じだった。みんな大事な誰かを失いたくなかったのに、わたしはそれを踏みにじって、互いに殺し合って・・・あの人達も私も同じだったのに・・・」
それは、彼女が単なる魔物から魔物娘として生まれ変わったが故の苦悩だった。
あの時代はそういう時代だったから仕方ない。
それは、その時代を歴史として眺めている第三者の感想に過ぎない。
その時代を生きた者にとっての「あの時代」とは、歴史という言葉で漂白されていない、紛れもない自分自身の体験その物なのだ。
だから、レオンはその無神経な慰めを口にはしなかった。
だが、当時を生きていないレオンには、ラスティに掛ける言葉も無い。
ラスティの罪を許せる立場にも無い。
ラスティを苛む罪悪感に対して、レオンは正しく無力な第三者でしかないのだ。
レオンはただ、子供を慰める様にラスティの背中を叩いてやる事しか出来なかった。
それから四日後。
空は晴れ、麗らかと呼ぶのにちょうど良い様な日。
レオン達の下に再び人が訪れた。
今度は五人。
一人は案内役のシラー。二人は護衛。残りの二人は目深にフードを被っていたが、レオンにはそれが誰であるかよく分かっていた。
エミールとメィイェンの夫妻である。
つまり、今日、賽の目が出るという事だ。
エミールはフードを開けると、自分が担いできたザックをレオン達に掲げて見せた。
「ピクニックで休憩するには、ちょうどいい場所だな」
洞窟から少し離れた、遠くに花畑が望める見晴らしのいい岩場に敷物が敷かれた。
敷物の上にはパンにハムにチーズにワイン。
レオンとラスティとエル、エミールにメィイェンの五人が、それらを囲んで車座に座る。
「別に毒なんぞ入ってないから安心してくれ。そんな事をした日にゃ、そこの嫁さんに離縁されちまうからな」
不審がっているラスティとエルに、エミールがパンにスプレッドを塗りながら話す。
隣のメィイェンが本気混じりの視線でエミールを睨んでいるのを見ると、その言葉を信用してもいい様だった。
「で、酒が入る前に肝心な話を済ませちまおう」
ハムを乗せたパンを食べながら、エミールはいきなり話の核心に切り込んだ。
「レオンは承知だろうが、二人の事が教団に知れると、この国がちょいとばかし厄介な事になる」
貴族とは思えない行儀の悪さで、もくもくと口を動かしながら、ラスティの死後に起きた事と、今の状況を簡潔にまとめて説明する。
「つまり・・・わたし達は邪魔者なんですね?」
自分が置かれた状況を理解したラスティは、静かに呟いた。
かつて自分達を死へと追いやった男の子孫に、男の面影を見出だしたのか、ラスティはエミールと会った時から、生前の雰囲気を取り戻してしまっている。
ラスティが、ある種の危険な意思を漂わせているのを重々承知の上で、エミールは尚、泰然自若な様子を崩さずに口を動かし続けていた。
「正直に言えば、最初はそう思ったがね。だが・・・よくよく考えてみれば、この国自体が貴女の死体の上に作られたようなもんだ」
口の中の物をゴクリと飲み込むと、一転して真剣な目でラスティの方を見る。
「これは竜を殺して出来たツァイスの、避けられない運命だったのさ。だから、貴女達に邪魔者云々と言うのは筋違いだし、貴女達がこの一件を気に病む事もない。こいつはツァイスの主である私の問題なんだ」
ラスタバンを死に追いやって国を立ちあげた男の子孫として、事の始末は自分が背負うべきだと、エミールは
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