炬燵がぬくい。出る気が無くなる。
珍しく嫁さんが夕食を作ってくれる(料理は僕の方が上手いから)ので、こうして掘炬燵にあたっていられる。
どうした風の吹き回しなのかは知らないが、今日は自分が作ると言うので、全部まかせてしまったのだ。
土間から流れてくる出汁の匂いに、モウモウと立ち上がっている湯気。
いったい何を作っているのかは知らないが、今の調子なら酷い事にはならないだろうと、安心して見ている事にする。
料理を作っている後ろ姿を見ていると、不思議と尻尾がいつも彼女の視線とは別の方を向いている。
どうやら、見ていない方へ向けている意識につられて動いているようだ。
尻尾が右を向いていると彼女も続いて右を向く。
そうすると今度は尻尾が左を向く。しばらくすると彼女も左を向く。また尻尾が右を向く。
モコモコの尻尾をフリフリさせながら料理をしているのが、他愛の無い光景なのに妙に可愛い。
「可愛い」と言うと「歳上相手に生意気や」と返ってくるので口には出さないけど。
「ほい、出来上がり、や」
持ってきたお盆の上には丼が二つ。丼に注がれた色の薄い汁の中には蕎麦と油揚げ。
「あ、きつねそば」と言うと、彼女が少しムッとした。
「きつねはうどんやろ?これは"たぬきそば"や」
「たぬきそばって揚げ玉が入ったやつでしょ?」
「ウチの故郷では、これを"たぬきそば"と言ぅんや」
刑部狸の彼女としては譲れない物があるらしく、これはあくまでも"たぬきそば"であるらしい。
議論になりかけるが、出来たばかりの食べ物を、それも蕎麦を前にして喧嘩する事ほど不毛な事も無い。
「・・・やめやめ。そばが伸びちゃうから早く食べよう」
「・・・そうやな」
炬燵に二人向かい合いながら、蕎麦を前にして手を合わせる。
「では」
「ほな」
「「いただきます」」
汁の色は薄いが出汁が利いているので、味が薄い訳ではない。
乾麺だから生蕎麦には敵わないが、寒い日に食べるにはうってつけの物だった。
「ところで、何でこれが"たぬき"なの?」
狐が油揚げで稲荷繋がりなのは分かるが、油揚げと狸はどうしても結び付かない。
柚子七味を蕎麦に振り掛けながら、素朴な疑問を彼女に聞いてみた。
「さあ?あたしも由来は知らんからなぁ」
"たぬきそば"の名前に拘るわりに、その由来はどうでもいいらしい。
「油揚げを見て千畳敷の玉袋でも思い浮かべたんと違うかな?」
「ブフッ!ゲホゲホ!」
あまりに酷い推測に思わずむせてしまう。
柚子七味が変な所に入って、咳がなかなか止まらない。
うちの嫁さんは、よりにもよって何て説を言い出すんだ。
「この油揚げ、食べられなくなっちゃうだろ!」
「そんなん、気にする程の事でも無いと思うんやけど」
本人は気にする訳でもなく、油揚げの甘辛い汁を行儀悪く吸っている。
「・・・何かいやらしい事を考えてるやろ?」
「馬鹿な事を言い出すんじゃありません・・・」
本当は少しだけ思ったのだが、かじられる油揚げの事を考えると不憫すぎて、すぐにそんな考えは吹っ飛んでしまった。
「こっちこそ、何で揚げ玉そばが"たぬき"なん?」
「天ぷらの種を抜いて衣だけだから、種抜きそば。それが訛ってたぬきそば」
つまり、狸そのものは関係ない名前だったりする。
「中身の無い物に"たぬき"なんて付けるのは狸に失礼やないかなぁ」
「天ぷらの本体は衣だよ。衣抜きじゃ天ぷらそばじゃなくて海老そばだし」
「そういうもんなんかな」
「そういうもんじゃないですかね」
「そうなんかなあ・・・」
揚げ物の本質は揚げられた衣の油と香ばしさにあるのだから、揚げ玉は最も単純かつ無駄を削ぎ落とした天ぷらなのだ。
そういう事にしておかないと、面倒な事になりそうな気がしたので、そういう事にしておこう。
「ごちそうさまでした」
きっちりと汁まで飲み干して手を合わせる。
やっぱり、こういう食べ物は腹の中から暖まる。
満腹で暖かい。これ程の幸せがあるだろうか。
「・・・あたしの"ごちそうさま"はまだやけどね?」
彼女が上目使いによつん這いで僕の傍らに寄ってくる。その目は既に好色そうな色を湛えていた。
妖怪の彼女にしてみれば、こちらの方が主食なのだろうけど、このままだとちょっとまずい。
「このままだと、また炬燵布団が駄目になっちゃうけど・・・」
「大丈夫や。炬燵布団のガワの色が変わっとうやろ?ジョロウグモさんに頼んで作ってもろぅた物やから、後で炬燵布団から外して洗えるんや」
なんだか妙に炬燵布団の手触りが良いと思ったら、いつの間にそんな小細工を。
「だから、安心して汚してええよ」
そう言うと、彼女は僕の股間へと顔を埋めてしまった。
下帯を引き下ろすと、まだ立っていない肉棒に舌を這わせてくる。
彼女の舌先の感触で肉棒はすぐに硬くなり、真上を向いてしまう。
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