――騎士団長・デュラハンの夜は、短い。
騎士団長の仕事は議場に留まらない。
時には兵舎の外で部下と共に訓練を行い、時には市街に出て巡回を行う。
それらが終わる頃には既に日は沈んで久しく、夜も更けてきたかという時間になっていた。
「団長、今日の業務は以上になります」
「む、そうかッ。アヌビス君もご苦労だったな」
「いえ。では、明日の予定の確認ですが……」
「おっと、それは問題ない。その君の手元の資料に書かれているのだろう? こちらに貸してくれたまえ、私のほうで勝手に読んでおくさ」
「しかし、団長」
「なあに、心配は要らない。君も疲れたろう、今日はぐっすり休むといい」
「しかし…………では、団長がお読みになる間のお茶を淹れて参ります」
「はっはっは! かなわないな、君にはッ」
「ご謙遜を。こちら、お茶になります」
「さすがアヌビス君、相変わらず準備が良いな。ふむ…………良い香りだ。また変わったハーブを仕入れたようだな?」
「お分かりになりますか」
「無論だ。いつも飲んでいるものと違えば、誰だって気付くさ。これは……ペパーミントかな?」
「団長。それは」
「む、もしやレモングラスあたりか?」
「団長。それは――――ほうじ茶です」
「………………そうか」
それは予想外に、お茶だったな……。
そんな団長の言葉とその時の微妙な表情が、非常に印象的だった。
ちなみに、緑茶もほうじ茶もチャノキ由来であり、チャノキもハーブの一種ではあるので、決して団長の言葉は間違ってはいないことを明記しておく。
しかし、一般的にはお茶はハーブとは呼ばない。
執務室に静かな時間が流れる。
響く音といえば、時おりカチャリとソーサーにカップが戻される小気味よい音と、団長が資料のページをめくる音のみ。
就寝前の時間というのは、団長が迫る仕事に追い立てられることのない貴重な時間である。
「……ところで団長、お伝えしたいことが」
「む、何をだ?」
「ここ数日ほど、深夜になると街で不法侵入が発生しているようです」
「な、なにッ!?」
「毎夜に一軒程度の頻度ですが、昨日被害届が出されたために発覚しました」
「た、大変じゃないか。一体どういった届け出だったんだ?」
「はい。侵入された家宅に住む夫妻の、妻の側から提出されたものですが……。『寝ていた自分の夫が夜盗に奪われかけた。自分が気付くと、夜盗は逃げていった』と」
「な、なんということだッ……! この街でそんな大事件が発生していただなんて! 男を狙うのだとすると、そいつは魔物か?」
「現時点ではそう考えられています。そして聞き取り調査から、犯人の姿もある程度絞られました」
「そうか……。それは、どのような?」
「まず第一に、鎧を着込んでいたようです」
「なるほど、鎧か。鎧の模様は?」
「暗闇であったため、柄までは見ていないと」
「ふむ」
「第二に、腰に膨らんだ大きな袋のようなものを提げていたと」
「袋か。男を攫おうとするならば、その袋に入れるのだろうな」
「いえ、袋はそれほどの大きさではないようです」
「ふむ」
「第三に、これが重要なのですが……。犯人は、どうやら鎧だけで動いていたようなのです」
「な、なんだって?」
「被害届を出した者の話によれば、闇の中で僅かに見えた人影は、まるで鎧だけが動いている見えたと報告されています」
「そうか……。つまり魔物の中でも、実体が無いか、あるいは見えづらいタイプの魔物の犯行ということだな?」
「可能性はあります」
「ならば、リビングアーマーや、ゴーストのような魔物が相手として考えられるな?」
「霊体型の魔物の可能性はあるかと」
「ふむ、なるほどな。鎧姿だと言われた時には私も該当していたのだがな、はっはっは! さすがに私は霊体ではないし、袋など持っていないからな。そして、仮面も付けている!」
「そうですね」
「……だが、私も魔物だ。犯人の気持ちも分からなくはない。きっと独り身に耐えかねて夜襲を行い、侵入した先が既婚者であると気付いて慌てて逃げ出したのだろうさ。アヌビス君、捕まえても寛大な目で見るべきだろう」
「分かりました、覚えておきます」
「よし……では、明日の予定確認も終わった。ごちそうさまだ、今日はお互い休もう」
「お粗末さまでした」
空になったティーカップを盆に載せ、挨拶もそこそこに給湯室へと向かう。
明日の朝も早い。
騎士たるもの、休める時に確実に休んでおくのも仕事だというのが団長の言である。
そして、深夜。
兵舎に満ちた夜の帳は、人の気配を感じさせない。
伴侶でも居ればそこは魔物娘、行為の一つや
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