釣果を得るに糸針は要らず

 
 あああああぁぁもうイヤだぁぁぁぁぁ!

 なーにが『エンジニアは兵隊、営業のドレイ』だ!

 ちくしょうあの営業部長、バーコード頭のバーコードむしって読み取れなくしてやる!!

 いや、しないけど!
 そんなこと出来るワケないけど!!

 ……ということで、ヤケになって釣りを始めてみた。

 アパートから15分ほど離れた所にある、大きな川。

 しかしそこだと土手でジョギングするおっちゃんだったり、買い物帰りのご婦人だったり、なんかプロっぽい釣り人さん方がわんさかいらっしゃる。

 もっと静かなところがいい。
 というか、もういっそ人のいない所がいい。
 俗世を離れ、心の平穏を手にしなければ。

 ……ということで、釣りは川の上流ですることに。

 やって来たのは木々が生い茂る渓流。
 ここならば誰も来るまい。

 川幅はまあまあ広くて水深もそれなりにあり、素人の目にもなかなか釣れそうではないか。

 そこで気づく。
 衝動的にやって来たため、釣り竿すら持っていなかったことに。

 仕方なく、近くの枝をポキっとして竿を見立てる。

 川べりの大岩に腰掛け、流れに向かってヒュッとそれっぽく枝を振り下ろしてみる。

 きっと糸針が付いていれば、さぞ格好よく遠目の水面に落ちていたことだろう。

 そして待つ。
 魚が釣れるのを待つ。
 もちろん釣れるワケがない。

 こんなスーツ姿で枝を振り回している人間に釣られてくれる魚、いたとすればボランティア精神に溢れすぎている。

 だが、どうだろう。

 工場内の喧騒やご近所商店街の騒音響くアパートと違って、この場所のなんと穏やかなことか。

 渓流周りの鬱蒼とした木々は人の営みを遥か遠くのものにし、ただ木の葉をさざめかせるのみ。

 川は常に一定のリズムで流れ、岩に当たった水流は主張も少なめに白泡を残してすぐに消える。

 いい、いいぞこれ。
 こういうのを求めていたのだ。

 もう気分は完全にいっぱしの渓流釣り師だった。

 ……そして眠くなってきた。
 我ながら衝動的にもほどがある。
 釣りとはこんなに穏やかなものだったのか。

 ここで寝てしまったらマズいだろうかと考えたものの、しかしそもそもの話、針も無ければ逃げられる魚もいないことに思い至る。

 なぁんだそれなら心配なかろう。
 そう思った時には頭がコックリと落ちてしまっていた。

 そして起きたのは、自分の近くの川がぱしゃりと水音を立てた時のことだった。

 慌てて意識が浮上する。
 まさか釣れてしまったのか、魚。
 糸針どころか、エサすらついてないのに。
 こんなさもしい社畜を哀れんで、釣られてくれたのか。

 こわごわと目を開けると、川に女子が立っていた。

 女子だ。

 女性、ではない。

 まだそこに至る前の発達段階というか、やっぱり女子としか言いようがない。

 水滴を木漏れ日に反射させた水着は、あまり凹凸のない肢体を覆っていた。

 そんな子が、岩の上の底辺エンジニアを見上げている。
 ぬぼーっとした、何を考えているのか分からない表情だ。

 しばらく見合っていると、その子が口を開いた。

「きにするな」

 ……いや、気になる。

 なぜこちらの近くにいたのかとか、なぜ川に立っているのかとか。

 なぜ水着にしてもいわゆるスクール水着を着ているのかとか、なぜ大きな銛を持っているのかとか。

 無表情にそんなこと言われても、気になるものは気になる。

「………………」

 すすす、と川に沈んでいくスク水。
 頭までが水に浸かると、無言でその子は川に流されていった。
 背泳ぎだった。

 そういや、顔の横にヒレらしきものが付いていた。
 よく見たら、手とか足とかにもヒレがあった気もする。

 ………………なるほど。

 まあ、奴隷エンジニアが絶叫しながら川を上流へと走って、糸針もなしに釣りを始めるような時代だ。

 ヒレの生えた女の子が背泳ぎで川下りをしているという光景も、きっとあり得なくはないのだろう。

 そして釣りもどきを再開すること、しばらく。
 また眠くなってきた。

 時間を気にする必要のない釣りという動作の、なんと素晴らしいことか。

 やれノルマだ挨拶回りだお迎えだなどと時間に追われ続ける下界の仕事の、なんと世知辛いことか。

 おそらくそのギャップがこの眠気になっているのだろう、などととても高尚かつ深淵な考えを巡らせていたら、またすやーんと眠ってしまっていた。

 起きると、指先にあった釣り竿の感触がない。

 どうやら寝てる間に相棒、手から離れて下流へと旅立っていってしまったらしい。

 仕方なく新しい枝……じゃなかった、竿を手に入れるべく、岩の上で体を起こす。
 いつの間にか涅槃のポー
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