その集まりは、ごく和やかなムードだった。
「ねえ、次はどの教科を復習しようか? 数学?」
黒い羽を揺らしながら、ヤツが自分のシャーペンに芯を補充しつつ尋ねてくる。
さっきまでペンのキャップを開けるのに苦労しており、いつものへにゃっとした表情もだいぶ真剣な様子でシャーペンと格闘していたそいつ。
どうやらようやくキャップが外れたらしい。
満足げな顔で自身のペンをテーブルに置くと、今度はこっちが握っていた一本をするっと自然な動作で抜き取り、それも芯を継ぎ足してくれる。
当然のように行われる親切行為、長年の付き合いある俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
だからこちらは他の雑事をと、そいつの問いに応えつつカラになった自分のコップを手に取ろうと…………。
「おう。そうな、一旦暗記系じゃないのを――」
「だんな様、飲み物をお注ぎいたしますね」
取ろうとしていたコップは横から現れたしなやかな指に先にアブダクションされて宙に浮かび、1.5Lペットボトルの中身がコップへと満たされていく。
ペットボトルは白い尾の先端がくるりと巻きつくことで、宙空で傾いた姿勢になって固定されていた。
器用だなあ、という小学生のような感想が頭に浮かぶ。
そうしてシャーペンと飲み物という2つの目的地を失った手が机上でビミョーに手持ち無沙汰になっていたところ、そのすぐ横に一冊の参考書が置かれる。
「ところでだんな様。わたくしの勉強している世界史なのですが、年号が暗記できているかの確認をお手伝いいただけませんか……?」
察するに俺が歴史の出来事を言って彼女が年号を答えるとか、またはその逆の作業をしたいとか、まあそんな感じか。
横を見れば、縋るような調子の上目遣い。
透き通るような紅の眼がうるうると。
自分の中の『頼りになる学校のパイセン』としての自負心、それがムックムク膨れ上がるのを感じた。
「よし任せとけ! 手伝いならいくらでも――」
「はいはい、ダメだよ。君はちゃんと自分のことをこなさなきゃ」
しかしここで、3度目の誘拐事件が発生。
手に取ろうとした一学年下の世界史の教科書を、反対側に座っていたヤツが先んじて回収してしまったのだ。
どうやら今度はスムーズにシャー芯の補給を終えたらしいそいつは、手にしたペンをクルッと回してこちらに渡し、にっこり微笑む。
「君のための勉強会でもあるんだし、君はそのまま数学を進めといてよ。ぼくでも年号を言う手伝いくらいはできるからさ、ヘビちゃんもそれでいいよね? ……あと、君も途中式の展開とかが分からなかったらぼくに遠慮なく訊いてね、ぼくに」
俺とその隣の子に向かって交互に話しかけたそいつは、やたらと言葉の最後を強調していた。
笑みは崩さないまま。
「そうなると、ぼくは2人の間に入ったほうがいいかな? だって、その方がそれぞれの進捗とかを近くで見てアドバイスできるしさ」
「――いえ、その必要はありませんよ? わたくしがもうほんの少しだけ、だんな様との間の距離をぎゅっと寄せれば良いだけのことですから。ほら、これで貴方と話すのにも充分な距離なのでは?」
「でもヘビちゃん、それだと不必要に近すぎて隣の人が腕を動かすジャマになったりしないかな?」
「そうでしょうか? ……だんな様、だんな様、今のわたくしはだんな様のお邪魔になってしまっておりますか?」
会話、プッツリとそこで止まる。
そしてこのメンツの中で唯一会話に混じっていなかった俺の方へ、視線が集中。
「あ、いや、近い……ような、そうでないような」
……あっれれ、おかしいなー?
なんでか、話そうとすると舌が上手く回らないぞ?
緊張か。
今の俺、緊張しているのか。
「ま、まあ、ほらよ、数学も最初は公式の暗記だし? 俺だってそんなバリバリ書くわけじゃないから、特に近くても――」
「………………ねえ、ホントに? それでいいの?」
あかん、左側からすごい重圧が!!
声が違う、いつものヤツと比べて声が低い!!
それはそれはもう、まるで煮える寸前の圧力鍋のような、一歩扱いを間違えれば蒸気で破裂しそうなレベルの抑え込まれた圧迫感だった。
「――で、でもいずれは計算式とかばんばか書くかもしれないしなー! こりゃちょっと書くかなー俺ー! だからゴメンなーやっぱ少しだけ距離を」
「お邪魔だと、私は不要だと、そうだんな様はおっしゃりたい…………のですね?」
今度は右側が恐ろしいことになった!
二の腕が、今シャツ越しに指でなぞられた二の腕がなんかめっちゃ冷たいんだけど!?
それはそれはもう、まるで冷凍室の倉庫を開けた時のような、冷たすぎて足元に白銀の冷気が滲み出てくるようなレベルの吹雪のような圧
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