「ヒロさん、その目どうしたんすか?」
後輩くんに訊かれ、隣のデスクで作業していた彼の方に顔を向けた。
「うっわ、細くなってる! 片眼だけ!」
まるで心霊現象か何かでも見たかのようにヒかれてしまい、少しヘコんだものの、自分のデスクの鏡を見てからなるほどと納得。
鏡に映るのは、うだつの上がらない顔つきの見慣れた男の姿。つまりは自分。
だがしかし、いつも通りの死んだ魚のような目の片側だけがなにやらおかしな事になっていた。
自分の右側の目だけ、瞳の部分が縦長にシュッと細くなっていたのである。
目のところを意識を傾けてみると、くわっと開くようにして左眼と同じぐらいの幅に広がり、丸くなった。
「あ、戻った。ヒロさん、なんなんすかそれ?」
教えるのはやぶさかではないけれど、作業の手は止めないほうがいいんじゃあないかな?
小声でそう伝えると、彼は「うっ」と一声あげたかと思えば、何かに気付いた様子で自分のデスクに向き直った。
そう、後輩くんも声はかなりひそめていたのだが、遠くの部長が既にこちらを睨み、苦言を浴びせる相手としてターゲッティングしているのだ。
いやはや、なんと耳ざといことか。
この距離ならば声はほぼ確実に聞こえないだろうし、気付くにはこちらのデスク側をずっと見張っていなければならない気がするのだけれど…………。
まあ、自分の仕事ぶりよりも部署の他の人の仕事ぶりが気になるご様子の、他人に厳しく自分に甘くを地でゆく部長だから仕方ない。
仕方ないが、それでいつも夕方になってから(おそらく彼の受け持ちであったはずの)ノルマをしれっと渡してくるのはいかがなものかと。
嵐が過ぎ去るのを待つように、死んだ目をした他の同僚達と気配を同化させながら会社の一風景に徹しようとする後輩くんと自分。
しかし結局こちらにふらりと歩いてきた部長にイスの後ろであーだこーだとねちねち扱き下ろされたあげく、マッタク余裕があるなキミタチは、などという皮肉とともに新たな書類を積まれてしまった。
残念ながら、デスマーチはまだまだ長引きそうだ。
さて、作業をしつつ自分の右眼について考える。
こうなった理由は今朝の一幕に由来しているのだ。
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『――ジリリリリリッ!』
頭上の目覚まし時計がけたたましく鳴り響く。
「……………………むにゃっ!」
と、バシッと音を立ててすぐに鳴りやんだ。
声から察するに、あの方が騒音に対して反射的に止めてしまったのだろう。
掛け布団がごそごそと動き、横向きに寝ていた自分の腕の中にモフッとした暖かいものが潜りこんできた。
次いで腕がプニプニの何かでぎゅぎゅっと存在を確かめるかのようにふにふに押されたかと思うと、そこにポフッと重みがやってくる。
うっすら目を開けてそちらを見れば、自分の頭よりもずっと小さくて愛らしい頭が、掛け布団の中でこちらの腕をまくらにしているではないか。
そして寝間着のシャツに押し付けられたジャギーショートの髪の間からは、すぴすぴという寝息と連動するようにネコ耳がわずかに動いていた。
どうやら、また寝てしまったようだ。
その耳の先を指で軽くつまんでみる。
「………………ふにゅ……」
小さな手が布団の中からニュッとやってきて、プニプニ肉球でこちらの指を反射行動じみた動作でぺちりと払いのける。
かわいい。
ネコ耳をもう一度つまむ。
「………………にゃっ……」
ぺちりと払われる。
全然痛くないどころか、むしろプニッとして心地いいくらいだ。
ただ、寝ている人に対してこれ以上のイタズラをするのはちょっと意地が悪いかもしれない。
お詫びもかねて、まくらになっていない方の腕でその寝ている御仁をこちらへと抱きよせ、背中を上から下へとなでりなでりとさする。
背中の毛並みが梳かされ、徐々に流れをもって整えられていくと、最初はサワサワとしていた感触がしゅるんとした滑らかなものへと変化してゆくのだ。
一撫ですれば二度楽しめる、このお得感といったらもう。
しばらくお背中を撫でていると、腕の中で身じろぎする感じがあった。
少ししてから、鈴を転がすような声。
「……にゃ、んふ…………ヒロ、くすぐったいよ?」
くしくしとこちらのシャツにご尊顔を擦りつけてから、その人が顔を上げてこちらを見た。
黒白の毛並みに、金色の目は中央に縦長の黒眼。
彼女のおデコの辺りにある黒い毛のハテナマークっぽい感じの模様も、この距離であればよく見ることができる。
「おはよう、ヒロ。よい朝だね…………いや、よい朝にしてくれたね、とお礼を述べるほうが正しいのかな?」
彼女の上側から背中に
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