《34日目》
『アイリス大祭』。
春から初夏にかけてを開花期とする花から名を借りているその祭事は、この時期における街を挙げての一大イベントである。
地元の大きな商店街が中心となって運営を行い、商店街を南の端から北の『蛇神温泉』と呼ばれる温泉旅館の前までの目抜き通りを利用して、3日間をかけて大々的に開催されるアイリス大祭。
毎年行われるたびに規模を徐々に大きくし、今では街の外部からも結構な人数が訪れていることで知られている。
この催しのユニークなところは、毎年開催する際に一つの『テーマ』を決め、そのテーマに則って参加団体が出店するという部分だろうか。
ぶっちゃけ町おこし的な意味合いが強めの祭りなので、祭りの中身は最初期からわりとあやふやだったらしい。もちろん、出店の内容も多岐に渡る。
去年の『緑色』というテーマの時はタコ焼きですら青のりをびっしりまぶされて芝生タコ焼きという名前で売られていたし、その前の『歴史』の時は出店者たちがこぞって古本屋のハクタク女史のところへアイデアをせがみに行っていたようだ。
街の周りに海もないのにテーマが『海産物』になった年もあったが、しかし金物屋までがイカの形状をしたナイフを店に出品していたなど、この祭におけるテーマに対する参加者の情熱は凄まじいものがある。
そして気になる今年のテーマは、誰が決めたか『プレーン』に決定された。
プレーンは質素や素朴といった意味を持つ言葉。
そこから参加者がどう解釈し、どうテーマに沿った出店を行うかは各自の裁量に任されている。
また、アイリス大祭の期間中は参加団体ごとの売り上げの記録が義務付けられ、来場者に対しては気に入った店を記入してもらうアンケートが配布される。
そして最終日にこの集計を取ることで、祭りにおける栄誉ある『出店大賞』が選出される仕組みだ。
「――イマリ、調子はどうだ?」
“穏健派”の城に備え付けられた巨大な厨房。
普段は執事のセハスさんやメイドのマリーさん達のみが使用しているその厨房は、今はやけに賑々しい様子。
厨房の入り口から顔を出して呼んでみれば、入り口近くに僕の妹がタタタッと駆け寄ってきた。
「兄さん! 来てくれたの!?」
「そんなに慌てて、どうしたんだ?」
「ムリ! もうムリ! ほんとムリ! 兄さん助けて、私1人じゃここ捌ききれないからぁ!」
途端に半泣きで訴えてくるイマリ。
彼女の肩越しに見れば、厨房に集まったちびっ子たち……ではなくサバト“穏健派”メンバーの女性陣が8名程、わやわやと調理台の前で騒いでいる。
「あれ、木の実ってどーやって砕くん?」
「確かナイフの反対側、でしたかしら?」
「なるほど、この母さんに任せなさい! ん゛ぇぇーーい!! …………おや、包丁が消えた?」
「うグぅっ」
「スケルトンさんにナイフがぶっすり刺さってますわ!? 骨に! 骨に!!」
「ぎゃーーーー! ぎゃーーーー!」
「だ、だいじょーぶ! これ魔界銀だから! 顔面セーフ!」
イマリの方に視線を戻す。
「なあ、今は出店用の調理練習をしてるんだよな?」
「た、たぶん…………」
妹が自信なさげに言うが、訊いてる僕も自信がなくなってきた。
なんだあの阿鼻叫喚な空間は。
そしてなぜ包丁を剣道よろしく大上段に振りかぶったんだ、母さんは。
「イマリ、残りの日数は分かってるな?」
「4日、なんだよね……」
「そう、今日を含めて4日だ。それまでに我々は、集まったあの生徒全員に一定ラインの調理技術を教えなきゃならない」
「せめてマリーさんとかセハスさんとか、フタバ先輩に手伝ってもらって……」
「訂正する。『我々』ではなく『僕ら2人で』だ」
辛い現実に、妹が遠い目になっていた。
イマリが挙げたメンバーは今はここには居ないが、ネクリを含めて全員、それぞれ別の作業を急ピッチで進めてくれている。
人員は増えたものの、同時に作戦規模も大幅に増しているため、実際は人的コストも時間的余裕もかなり厳しいところなのだ。
そしてこの臨時の調理教室の講師として白羽の矢が立ったのが、大学でも調理同好会に入っているイマリと僕。
一応僕は責任者として全体指揮も取っているので、実質イマリ1人に任せる形になってしまっていた。
「……ごめん、イマリ。メンバーの中で、お前が一番適任だと思ったんだ」
「兄さん…………」
『家事のからっきしなお母さんの代わりに私がやる!』と宣言し、小中高大と家庭科系のスキルを磨いてきたイマリ。
レンチン料理の女王と自負する母のずぼら過ぎる調理スキルを、小学生の時分にして既に上回っていたイマリ。
そんな自慢の妹ならば、今までロクに料理をしてこなかったらしい彼
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