『迷走と直進』の21〜30日(前編)

 
《2X日目》


 目を開けても、辺りは暗闇だった。

 寝ていた上体を起こしながら目をこする。

 周りに光源を探すものの見当たらず、薄ぼんやりとした漆黒のとばりのせいで、周囲の物の識別はほとんどできなかった。

 なんでこんなに暗いのか、今は何時なのか、そもそもここはどこなのか…………?

 ……と、寝起きの頭が徐々に活動を始めようとした時、自分のすぐ横から物音がした。

「………………ふぁ、あ」

 声だ。

 若い女性の声だ。

 しかも、あくびだ。

 あくびしてるぞ。

 いや、というか、この聞き覚えのある声は……。

「ネクリ?」
「…………ん、おはよう」

 やはり、そうだったか。
 否定しないということは、やはりネクリか。

 ネクリ。オカルト研究会の唯一の部員。女子の中でも身長は平均より低めで小柄な、大学の1年後輩。

 まあ、もし本人であることを否定されても、これだけ本人の声に似せた気だるい感じの発声は本人以外に発することは難しいだろうし、僕はその人がネクリであるとしか思えないのだが。だから僕は、隣からした声の主が、記憶にあるネクリと同一人物と推定ではなく断定することにし…………。

 ……マズい、自分でも何を言ってるのか分からなくなってきている。

 いや、この状況に陥れば誰だって多少は混乱するのが当たり前だろう。

 ――なにせ、目が暗闇に慣れたら慣れたで、さらに困惑させられる光景が周りに広がっていたのだから。

 ――少し寝返りをうてば身体が重なってしまうほど近くに、ネクリの姿があったのだから。

 ――なんなら僕が寝そべっていた時に掛けられていたらしい毛布でさえ、隣の子と共有していたのだから――――。

「………………」

 うん、でもこの毛布あったかいな。
 手ざわりも中々のものだし、もしかしたらお高めのものなのかもしれない。

 丁度良く人肌程度にぬくいのは、毛布の中で隣の子と温度を共有していたのも1つの理由かもしれないと、僕は……。

「――って、ネクリぃー!?」
 
 一瞬時間が止まりかけたが、なんか当然のように隣で寝られてて「あ、そっかぁ」みたいな感じで謎の納得をしかけたが、いやいやそうじゃないだろと僕の理性的な部分が半鐘を鳴らしまくっていた。

「………………さむ」

 こちらの焦りを全く汲むことなく、ネクリは僕の上に掛かった毛布を端を掴んで自身の元へと引き寄せている。
 そして、その場でくるくると回転して巻き寿司のようになっていた。

 その巻き寿司の具は、すぐに幸せそうな様子で目を閉じる。

「………………あったか」
「いやいやいや! 寝るな、起きてくれ!」
 
 さっきの「おはよう」はなんだったんだ!!
 
 必死に呼びかけると、薄暗闇の中で再びネクリは目を開け、のそのそと身体を起こした。
 毛布がズリ落ちると、彼女の着ていた黒のフード付きパーカーが露わになる。
 こいつ、パーカー以外なにも着てないだと……!?

 いや、今はそれどころじゃない。
 ほぼ全裸にパーカーなのをそれどころで済ましていいのかは分からないけど、今は優先順位が下がる。

「ネクリ、ここはどこだ!?」

 返事の代わりに、彼女は手元にあったシェードランプを付けた。

「ぐ、眩しい…………って、部室かここ?」

 明かりが点いてみればなんのことはない、実に見慣れたオカ研の部室だった。
 中央の巨大な円卓や個人用ロッカー、ホワイトボードに入り口の不気味な黒いカーテンや散らばった雑多な私物たちまで、どれも馴染みのあるものだ。

「………………イズミは、倒れてた……」

 仕方なく起きたといった感じではあるが、後ろからネクリが僕にとつとつと説明をしてくれる。

 小学校からの帰り、途中で居なくなっていた僕が正門前で着ぐるみと共にぶっ倒れていたのを発見したこと。

 下校する生徒たちが僕の周りに集まって「うめぼしさんの中身! うめぼしさんの中身!」とはしゃぎまくっていたのを、どうにか追い払ったこと。

 どうやら熱中症というわけでもなさそうだったため、小学校から借りた手押し一輪車に僕を載せ、イマリやフタバ姉妹と共に大学に戻ってきたこと。

 生徒たちが運ばれる僕を追いかけて「うめぼしさんが出荷されちゃう! 出荷だ!」とはしゃぎまくっていたのを、どうにかなだめすかして逃げてきたこと。

 それからは部室に搬入してネクリ私物の毛布に横たえ、彼女らが交代で看病していたが、夜も遅くなってきたところでネクリ以外は帰宅したこと。

 ちなみにネクリは割とよくここで寝泊まりしているということもたった今初めて知った。

「そう、なのか…………」
「…………どうして、倒れてた……?」

 今度は逆に問われ、記憶を掘り返す。

 僕は
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