「ご、ごほッ…………か、はっ!!」
咳き込む。
足元のコンクリートを踏みしめると、水気を含んで重くなった靴がバシャリと湿った音を鳴らした。
ボタボタと、あまり清潔ではない水が雫となって濡れた髪から滴る。
ところどころ泥の付いたシャツは肌にへばりつき、不快感とともに身体の体温を奪っていく。
ブルリと身ぶるいしたところで、ちっともマシにならなかった。
川に架けられた名前もわからない石橋の真下で膝から崩れ落ちて座り込み、夕暮れの中で荒くなった息を整える。
「マミヤマ…………おい、マミヤマ……!」
隣に倒れている大柄の男からの返事はない。
あああ……、と虚ろなうめき声をあげるのみだ。
彼は膝を抱えたような姿勢で横たわり、親指をちゅぱちゅぱと咥えて震えていた。
川から引き揚げた時には既にこのような状態だったのだ。
まずい、一刻も早くマミヤマの応急処置をしなければ。
しかし自分の身体が思ったように動いてくれない。
くそ、僕もかなり体力を消耗してしまっていた。
一刻も早く回復せねばと、冷えきった自分の身体よりはまだ温かみがある地面にうつ伏せになる。
頭を横たえると、途端に思考が飛びそうになった。
これはダメだと思いつつも、川の流れるゴウゴウという音に自分の意識が散逸していく。
・
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『ほ、本部! 聞こえますか! こちらM班!』
『こちら本部だ、聞こえている。何があった?』
『他校にてサバトと遭遇しましたッ!』
『なんだと!?』
『1名が誘惑系と推測される攻撃を受けて意識不明の重症、現在負傷者を担ぎ逃走中です!』
『人混みを利用してただちに大学の裏門から離脱しろ! 負傷者は肩から支え、日中から泥酔した困ったちゃんな友人を仕方なく引きずっていく大学生という演出で搬出するんだ!』
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『本部! 相手は魔女型が1体、そして堕天使型が1体! 他の追っ手は見当たりません!』
『堕天使型だと!? サバトはそんなヤツまで揃えていたのか!?』
『こちらが捕捉されています! 堕天使型、長時間の滞空能力がある模様!』
『くそ、面妖な! ……北にある商店街はアーケードが張られている、そこに向かえるか!?』
『了解ッ!』
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『商店街を北上中ですが、堕天使型がまだ引き離せません! 魔物娘由来のなんらかの能力で、攻撃を受けた1名がマークされている可能性があります!!』
『マズいな、どうにか撒く方法を……。む、フタバ姉妹? ……なるほど、そうか、東側に流れている川は知っているか!?』
『はい!』
『そこに飛び込め! 流水なら追跡を欺ける可能性がある! 下方に漂流物回収用のネットが仕掛けてあるはずだ、今から送るL班とそこで合流しろ!』
『……分かりました! ケータイ等の所持品を処理したのち、すみやかに実行します――――』
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閉じた目の向こうで、光がチカチカと瞬いた。
眩しさに対する反射的な行動でまぶたをわずかに開くと、川沿いの遊歩道の向こうから、光源が2つほどこちらに向かってきているのが分かった。
「いたよ、姉さん!」
「分かってる! イズミっ! マミヤマ!」
ケータイの明かりを頼りにやって来た2人が双子のフタバ姉妹、つまりL班であると分かって安堵した。
駆け寄ってきた瓜二つな顔の2人に抱え起こされ、どうにか口を開いて必要なことを伝える。
伝えなければ。
これだけは、言わなければ。
「僕のことはいい! マミヤマにっ――!」
――早く、粉ミルクを投与してあげてくれッ!!
それだけを伝えて、僕の意識も完全に途絶えてしまった。
《11日目》
深夜の部室に静寂が満ちている。
元より照明的な意味であまり明るくはない部室ではあるが、今の暗い雰囲気はそれだけではないだろう。
時計を見れば、もう日付も変わっていた。
他のメンバーはまだしも、僕の隣にいる妹……イマリに望まぬ夜更かしをさせてしまったという事実が、予想外に胸に刺さった。
あるいはそれは、もっと重要な事柄から目を背けているだけのような、この状況からの現実逃避でしかなかったのかもしれない。
視線が向いているのを敏感に察したのだろう、イマリがこちらに不安げな表情を見せた。
だが、キュッと口元を引き締める。
「兄さんは、大丈夫なの?」
「心配してくれるのか」
「そりゃ当たり前だよ! マミヤマ先輩もそうだけど、兄さんもかなり無茶したんでしょ?」
「そうするしかなかったんだ。ただ、僕は直接の被害は負わなかったからまだマシだ」
健気な妹を安心させるためにそう言ってから、自分の身体を見下ろす。
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