僕の初恋は人形の少女だと言ったら、いったいどれくらいの人が笑うだろう。
その当時、僕は小学六年生だった。
都会から少しだけ離れた町に住んでいた僕が、一人で遠くまで出掛ける許可を貰えるようになってからの、ある日のこと。
お店の連なる商店街の大通りから伸びる路地裏を、好き勝手に歩くうちに、僕はどこか分からない脇道に迷い込んだ。
独特な雰囲気の中、僕以外に通る人もおらず、街にいたはずなのにとても静かで。
高い塀と建物の壁に阻まれて自分がどの辺りにいるのかも分からない。
どこに行くでもなく建物たちを眺めて歩くと、ある古びた建物にあるとても大きな窓の向こうで、小さな女の子たちが慎ましやかに、けれど気品さを溢れさせて立っていた。
そしてその中に居る一人の銀髪の少女に、僕は一瞬で目を奪われる。
「……わぁ」
背はその時の僕より頭一つ小さいくらいで、さらりと流れる縦にくるくるとロールした銀色の長い髪と、頭の後ろから見える紫の大きなリボン。宝石のように大きい薄紫の瞳。息を呑むほど整った顔立ちに、お姫様のように煌びやかな、白と紫を基調にしたドレス。
一目見ただけで、僕は彼女にくぎ付けになっていた。
学校のクラスの女の子たちよりも、テレビや本で見たどんな女性よりも、その子が魅力的に見える。
全身がぴくりとも動かないし、よくよく見ると指には線のようなものがあったから、幼い僕にもそれが人形なのは分かった。だけどそんなことがどうでもよくなるくらい、彼女に見惚れていたのだ。
「ここ、人形屋さん……?」
大きくて厚い窓ガラスの近くには、建物の中に続くであろう古びた扉が一枚あるだけ。看板や店名を書いてある札もない。
この扉を開ければ、彼女にもっと近づけるだろうか。
でも女の子ならまだしも、男の子が人形を見たいだなんて言ったら、きっとヘンに思われる。
結局その扉を開ける勇気が僕にはまだなくて、ただガラス越しに彼女を見つめ続けるだけ。
暗くなり始めた頃には慌てて家路を急いで、来た道を戻ってなんとか帰ることができた。
それから休みの日になると、彼女のいるあの建物に何回も行くようになった。
いつ訪れてもあの人形は窓の向こうで微笑みを浮かべてぴしっと立っていて、窓の外を眺めているようにも見えた。
来るたびに立ち方やポーズが変わっていたので、お店の人もちゃんといるのかな、と思っていると、
『おいで』
という声が、どこからか聞こえた。
静かな裏通りにいるので空耳だとは思わなかったけど、誰がどこでそう言ったのかは分からない。
考えられるとしたら、いや、まさか。
困惑している間に、さっきの声とは違う、大人っぽい声が僕の後ろから聞こえた。
「あらあらぁ。どうしたの、ボク?」
慌てて振り向くと、そこに立っていたのは背の高いお姉さんだった。
腰まで伸びた紫色の長い髪に、上下とも黒いスーツをびしっと着こなしていて、服の上からでもスタイルの良さがわかる。
特にその大きな胸はスーツからはみ出てしまいそうなほど――と、考えてしまった自分を恥じた。
「もしかして、ウチのお店に何か御用?その年で随分マセちゃってるわねぇ〜♪」
「い、いえ、あの……」
その目は優しそうなのにどこか鋭くて、見つめられるとドキッとした。
初対面なのにお姉さんはぐいぐいと僕に近づいてきて、一緒に香水のような甘い匂いが漂って頭がぼんやりしてくる。
そしてつい、僕は本音を漏らしてしまう。
「えっと……!ぼく、あそこにいるお人形さんに、興味があって……!」
「あはは、モチロン知ってるわよぉ、何回もお店の前をウロウロしてたものね」
「あ……し、知ってたんですか?」
「アナタの目当てはあの銀髪の子よね。
あの子がここに来たのは、わりと最近だったかしら。
来てばっかりは、もう酷い有様だったけど……綺麗になって良かったわ」
「……ここの人形さんはみんな、売り物なんですか?」
「ま、そうねぇ。気に入らないヒトには売らないし、売れないけど」
「うっ……」
そう言われると、途端に自信がなくなってしまう。自分は人形遊びをする年頃でも性別でもない。
「そ、そうですよね。男が人形さんを欲しがるなんて、おかしい――」
「すとっぷ♪」
「んむっ?!」
いきなりお姉さんに僕の唇を人差し指で抑えられ、驚きで心臓が跳ねた。
「だーれもそんなコト言わないわよぉ。
もしも言う子がいたら、ワタシがすぐに黙らせてあげる♪
それにアナタはあの子が好きで何度もココに来てたんでしょ? 自分にウソをつくのはよくないわぁ」
「は、はい……」
「もう外で眺めるだけじゃマンゾクできないでしょ? さあさあ入って入って♪」
「え、ええっ?」
お姉さんに半ば
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