結構な大きさの屋敷――だが最近新しく建てられた家でもないし、手入れも隅々まで行き届いているとは言えない。使用人の姿もあまり見えなかった。
見える部分こそ小奇麗に整っているが、注視すれば杜撰さには気づくだろう。
なるほど、ターゲットの情報というのはこういう所にも出るものだと『彼女』は、オルビアは再確認する。
『急な訪問で申し訳ないな、ファクティス君』
「いえ。あなた様には私どもの商品を常日頃よりご愛玩頂いていますから。
すぐにご希望のものを用意できるかはわかりませんが、尽力しますよ」
愛想こそあまり感じられないが、ファクティスという男の言葉遣いは丁寧だ。
作法や振る舞いをパッと見ても上辺だけとは思えない。現在はともかく、おそらくは「そういう環境」で育ったのだと推察できる。
短く揃えた黒髪に、簡素だが場違いというほどではない、紫を基調とした貴族系の礼服。
パッと見ても商会を持つ者にしては若い顔つきで、青年という言葉が似合う。事前に詳しい情報はなかったが、年は二十代程度だろう。
『心強い言葉だ。さすがはこの国を代表する商人だね』
「有難うございます」
オルビアはもうすでに、この男へ暗示を掛けていた。彼女を『上客の一人』と思い込ませる暗示だ。
彼女も組織の調査員だけあって、振る舞いに関してはそつがない。
『ただ、今日は依頼をしに来たというより、確認をしにきたんだ』
「確認、といいますと?」
『私の所に卸してもらった道具の内容を含めて、君の所で取り扱っている道具をもう一度確認したくてね』
「最近のものを、ですか?」
『いや。これまですべての物を持ってきてほしいんだが、できるかな?』
「内容故に書面での仔細や契約書を残さないものもありますが」
内容ゆえに――ということは、非合法なものも含まれている。そう彼女は判断した。
『そう、か。そうだったな、それも含めたいが……とりあえずは、通常のものだけでいい』
「かしこまりました。しばらくお待ちください」
暗示を掛けているとはいえ、無茶な要求を通そうとするのは困難だ。
相手が”魔術道具”に関する商売をしているのなら尚更、慎重になったほうがいい。
部屋に一人残されて待つオルビアは用意された紅茶に砂糖を継ぎ足しながら、小さな蜂蜜パンを頬張った。
「ん、上品な甘さだ。なかなかどうして、茶菓子はイイ趣味してるじゃないか」
彼女ひとりしかいない応接室の中、オルビアは本来の自分の調子で呟いた。
「お待たせしました。
全部ではないですが、一通り用意できた分の紹介書類だけ、取り急ぎ持って参りました」
十分ほどでファクティスは書類の入った木箱を持って応接室に戻ってきた。
複製を用意する時間があったとは思えない、これらは原本だ。
「証拠」として持って帰りたいが、その理由で拒否されるのは目に見えているだろう。
『ここで目を通させてもらってもいいかな』
「ええ。もちろんです」
オルビアはぱらぱらと斜め読みで書面を確認していく。
マジックアイテムの値段設定はどれも平均相場より少し高いが、問題になる程ではない。
事前の情報では粗悪品が多いとのことだったが、紹介文に虚偽がないなら不審というほどの点も感じられない。
庶民とは別の商品を卸している可能性もあるが、それはこの書面だけでは判断できなかった。
『この辺りの商品は普通の店にも卸しているのかな?』
「大半はそうですが、あちらの方ではどうしても質より量、となってしまうので。
上流階級の方には特注品を渡す事がほとんどですね」
なら、実際に確かめるか――とオルビアが思ったところで、ファクティスの怪訝そうな顔に気付く。
彼はしきりに目を擦っていて、何度も瞬きをする。
『どうした?私の顔に何かついているか?』
「……いえ。何か少し、目が……気になさらず」
常人の魔法耐性であればこんな早さで暗示の効果が薄れることはないが――。
しかし、これ以上話を伸ばすのも得策ではないし、メリットもないと彼女は考えた。無理に暗示を掛けてこれらの書類を持ち出しても特に意味はないだろう。
紙をすべて箱の中に戻して、頭の中だけでデータを覚えておく。
『ああ、これでいい。ではそろそろ、おいとましようかな』
「もうよろしいのですか?」
『ああ。私の――いや、』
『上客の一人』として振る舞っていたオルビアの声色が、大きく変わる。
「そろそろ、ワタシの姿が見えてくる頃デスよね?」
「――? なに、を……?!」
ファクティスの怪訝そうな顔はみるみるうちに驚きへ。
彼の眼には、さっきまで上客の一人だと思っていた女性が少しずつ”パーカー・ゲイザー”としての姿に映りだしたころだ。
余計な詮索をされる前に、言
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