「……照?」
照が操作していたゲームのキャラが突然動かなくなったので、俺は横に座っていた照を見る。
画面の方に顔は向いているけれど、目は動いていない。
口は小さく開けたままで、まさしくぼんやりしているように見えた。
「どうしたんだ、急にぼーっとして。操作の仕方忘れたのか?」
俺の問いかけにも答えず、身じろぎもせず、顔も無表情のまま変わらない。
いくら八月の夏場とはいえクーラーを掛けているから、熱中症の類とも思えない。
いったい何が起きたんだ――と心配しかけた瞬間、照の目が閉じた。
「……あ、」
まるで自分の声を確かめるような、照の小さな声。
それから瞬きを何回かした後、ゆっくり俺の方を見た。
「なんだ、びっくりしたぞ。いきなり動かなくなるから、何事か……と、」
なぜか照はカッターシャツのボタンを外し始め、その下の肌着を露わにする。
その時ちらりと見えた胸部は男にしては妙なほど膨らんでいて、さらに乳首であろう突起がツンと立ち、肌着を押し上げて主張していた。
「ぼく……は、」
カッターシャツの前を大きく開き、乱れた衣服のまま。
ぽつりと呟き、顔を上げて俺の方を見ながら、照は四つん這いでにじり寄ってくる。
「て、照……?」
照の目を見つめると、いつもとは全く違う、鮮やかな青色の瞳がくっきりと煌めく。
もともと中性的だった顔つきや身体だが、さらに丸みを帯びているように思える。
その顔は別人のようでいて、でもやはり見れば見るほどそれは照だと確信して。
「一真。『ボク』、やっぱりヘンなのかもしれない」
声質にもどこか違和感がある。
もう変声期を通り過ぎたという照の声だが、それでも以前とは大して変わらなかった、はずだ。
しかし今の照の声には作ったような不自然さもないのに、子供の頃みたいに聞こえる。
甲高くはない、女性だと思える程度に低い声。
「一真のことを考えると、頭の中がぼうっとして、ボクのカラダが疼いて」
さらに照から漂ってくる、淡くも甘い匂い。
使っているボディソープやシャンプーの香りとは少しだけ違う、特有の匂いだ。
「前から、ずっと。ボクは君に惹かれていたんだ」
その様子や仕草はまるで。
女の子のように。
「ガマンしてたけど、もう、隠せそうもないよ」
俺はそんな照の様子に気圧されながらも、身体が動かせない。後ずさることもできない。
照が俺の両肩にそっと掌を置く。
シャツ越しに、じんわりと照の温もりが伝わってきた。
「一真。君は――ボクを受け入れてくれる?」
「……て、る……おまえは……おれ、は、」
「ううん、何も言わないでいい。 許してくれるのなら、そっと目を閉じて――ね?」
分からない。照に何が起きたのか、何一つわからない。
回らない頭の中、甘い匂いと誘惑に意識をかき乱される。
照の言葉の意味を時間を掛けて飲み込んで、俺は固く目を閉じた。
「――っ」
俺の唇に何かが触れる。感じたことがないほど柔らかくて、瑞々しい何かが。
熱く濡れた柔いものが唇の中にぬるりと滑り込んで、俺の舌を味わうように、けれど優しく撫でまわす。
たった数秒が一時間に思えるような、激しい思考の停止。
「んっ――むっ、」
熱い塊が離れ、照の熱い吐息が少しだけ漏れて、俺の唇に当たる。
目を瞑っていながらも、何をされたのかはもう分かった。
それは俺にとって初めてだったのに、夢中になるほど巧みな口付けだった。
「ぷはっ。コーフンして、舌まで入れて……
#9829;ボクのファーストキス、あげちゃった
#9829;
一真も、そう? もしそうだったら、すごく嬉しいな
#9829;」
顔が少しだけ離れたのが分かり、ようやく俺は目を開ける。
熱に浮かされたように頬を赤く染めた照の顔は、どうしようもなく綺麗で、淫らに思えた。
「ねえ。一真は、ボクのこと、好き?」
その言葉に答えようとしたが、キスの余韻のせいか口が上手く動かせない。
身体もぴりぴりと痺れるばかりで、まるで脳のいう事を聞いてくれない。
「ボクはね、昔から一真のことが、とっても、とって、も――?」
その時少しだけ、照の声の調子がずれる。
「……とって、も……!なん、で……」
そして突然、勢いと抑揚がなくなった。
「……やめて……ちがう! こんなの……僕じゃ、ない……!
僕……は、ボクは、こんな……!」
かと思うといつもの声とさっきの声が混ざり合い、嗚咽を漏らすように、悲痛な声になっていく。
「そんなの……父さんを、否定するのと……おなじなんだっ……!
僕が……父さんを捨てた、あの人みたいに……なっちゃ、だめ、なんだ……!
あの人と、同じモノになんか……
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