wanna be <なりたい>

 親友へ抱く想いが恋慕だと気付いたのは、一体いつだったのだろう。


「あれ? きみ、一真(かずま)くんだよね。友達から聞いたことあるよ」

 最初に照(てる)と話したのは、小学三年生の頃だ。
 そんなにクラスの多くない学校だが、新学期になっての入れ替えで、初めて同じクラスの、隣の席になった。
 そうしてすぐ、あっちの方から話しかけてきた。

「……えっと」

 ふわっとして茶色っぽい黒髪に、中性的で整った顔つき。大きくてつぶらな瞳。
 さらに人懐っこい声と仕草は、親戚の家でよく遊んだシープドッグという犬種を思い出させた。
 しかしさすがに犬と例えたら怒るだろうなと思い、俺は口をつぐむ。
 この頃はたしか、身長も俺と同じくらいだった。
 どんなに暑い日でも、長袖の服を着ていたのも覚えている。

「あっ、いきなりごめん。僕の事なんて知ってるわけないよね。
 でもテニスのスクールに通ってて、すごく上手って友達が言ってたから」
「誰が?」
「今は二組の、陽子(ようこ)さんだよ。女の子で、同じスクールに通ってるって」

 そういえば、そんな女子もいた、気がする。
 あまり女子と合同で練習することはないのではっきりとは覚えていないけれど。

「それで、お前の名前は……」
「あ、またごめん。僕は上据 照(かみずえ てる)。隣同士だし、これからよろしくね」
「ああ」

 その頃から俺は人付き合いというのが苦手だった。
 なのでぶっきらぼうな返事しか出来ず、自分から照に話しかけることもまずなかった。



「一真くん、おはよう」

 友人の少ない俺はよく照と話した。いや、向こうから話しかけてくれた。
 けど俺は気の利いた返事も話題も出せず、単調な相槌を打つぐらいしかできない。
 なのに照は愛想を尽かすこともなく、何度も俺に声を掛けてくれるのだ。
 だから、ある日脈絡もなく、ぽつりと聞いた。

「どうして、お前はいつも俺に話しかけてくるんだ」
「えっ?」
「お前なら、他にも友達がいっぱいいるだろ。わざわざ俺に構うことない」
「うーん……僕、こんなだから、どっちかっていうと女の子の方が友達多くて。
 男子の友だちは、あんまり」
「……だからって、俺じゃなくてもいいじゃないか。
 もっと気の合うヤツも、仲良くしてくれるヤツもいるだろ」

 確かに、男子と話しているところはあまり見たことがなかった。
 とはいえ誰にでも人当りは良さそうだし、特に仲が悪いわけでもないはずなので、ますます分からない。
 すると、照は恥ずかしそうに笑って言った。

「一真くんには、憧れてたから」
「……俺に?」
「実はね、友達に聞く前から君のことは知ってたんだ。
 毎日のように朝早くからジョギングしてるの知ってるよ。朝ごはんを作って食べるときによく見るから。
 他にも、僕にはあまりよく分からないけど、色んな練習をしてるのも知ってる。
 実際にテニスをする以外のトレーニングも欠かさずにきっちりしてる、って」

 それを聞いて俺は驚いた。
 テニススクールでも、自分のやっている練習やトレーニングについてあまり話したことはない。
 もともとプロを目指すような本格的な教室ではないし、楽しくスポーツをするのが目的の場所なのだとは、子供の俺でも分かっていた。

「僕ね、生まれつき細くて、力もない。鈍くさいから運動神経もそんなによくない。
 でも身体を動かすのは好きなんだ。
 だから身体を鍛えよう、って思ってたんだけど、上手くいかなくて、ぜんぜん続かない。
 なのに一真君は、毎日毎日練習を続けてられるし、すごく強そうだから――すごいって、思ってた」

 正直なところ、そんなの誰かに言われたまま、惰性で続けていたようなものだった。
 強制されたわけではないけど、途中でやめると先生に何か言われてしまう。
 母さんのことを余計に心配させてしまう。
 実際テニスは上手くなったし、母も含めてそれを褒めてくれる人もいた。
 だから頑張っている間はきっと嫌われることはないと、そう思ってただ続けていただけなんだ。

「……そんなの、すごい事じゃない。単に、やる理由より止める理由が少なかっただけだ。
 俺より上手いヤツも、強いヤツも、他にいっぱいいる」
「もしそうだとしても、すごいんだよ、一真は。
 僕にはできなかったことだから、なおさら憧れるんだ」

 その顔と声は、ただのお世辞には思えなかった。
 自分から言い出さなかった事とはいえ、そんな風に言ってくれたのは、俺を見てくれていたのは、きっと照が初めてだった。
 誰かが褒めてくれるにしたって、「才能がある」とか「もっと上を目指せる」とかそんな言葉ばかりで。
 今の俺自身の努力をちゃんと見て、憧れてくれた最初の人は、他でもない照だった。




 それか
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