「はあ、はあっ」
深い、深い森の中。
月明かりさえない暗闇の中を、少年は一人、手探りで歩いていた。
背中に体格相応の鞄を背負い、手に持つのは小さなランタンひとつだけ。
彼は森を歩き慣れているとは決して言えず、何度も太い木の根や石で転びそうになる。
遠くから響く獣の鳴き声に怯え、身体を震わせる。
それでも、懸命に前へ進む。
その森の中には、樹齢千年を優に超える巨大な樹がある。
そこには『森の賢者』と呼ばれる『思慮深き梟(ふくろう)』が住むという。
少年は、その賢者に教えを請うために森へやってきた。
「ううっ……」
しかし、行けども進めどもその樹には辿り付かない。
なにしろ地図もない、光もない森の中だ。少年一人で立ち入る事など愚の骨頂である。
迷い、彷徨い、いつしか倒れる事など火を見るより明らかだ。
自分の行いに後悔しながら、少年は膝を地面に着ける。
このまま自分はさ迷い続けるしかないのか――。
そう思った矢先に、二つの何かが暗闇の中で煌めいた。
「……!」
少年は身を強張らせる。凶暴な獣の類と出会ってしまったら、武器も逃げ足もない自分は容易に狩られてしまうだろう。
そう思うと体が言う事を聞かなくなる。
すると、墨のように黒い暗闇の中から密やかな声が聞こえた。
「ヒトの気配を感じて来てみれば――これはこれは。
まだ年端も行かず、こんなにあどけない男の子だったとはね」
深い森に溶け合うかのような、とても落ち着いた女性の声。
二つの何かがまた煌めいたかと思うと、黄金色(こがねいろ)に明滅を繰り返す。
「だ、だれ?」
「この森に住む、しがない一匹のフクロウだよ。オウルメイジとも呼ばれる魔物だ」
「ふくろう……おうるめいじ……もしかして、」
「おや、君は私の事を知っているのかな。光栄だね」
瞬いたそれを見て、黄金色の何かの正体に少年は気付く。
それは、見た者を射ぬかんとするほど鋭い、二つの眼光だった。
少年は慌てて立ち上がり、眼の煌めく方向に向かってふらふらと歩く。歩いてしまう。
そして下にあった木の根に気付かず、足を引っ掛けて思い切り体勢を崩す。
「っ――」
転倒の痛みを覚悟して少年は目を閉じる。
しかし、固い地面に当たる衝撃はない。
その代わりに、柔らかい何かがふんわりと自分の身体を包んだ。
「え……? あ……」
身体を包む、うっとりするようなその感触に、思わず声が出てしまう。
少年が今まで触れたどんな物よりも優しい肌触り。
頭がぼおっとして、何もかもを肯定してしまいたくなるような、そんな多幸感に支配されそうになる。
何も考えずその心地に身を任せてしまいそうになりながら、少年は目を開く。
「おや、申し訳ない。まだ『魔眼』を使うべきではなかったか。
いつだって、冷静さを欠くべきではないね。
こんな風に簡単に足元をすくわれてしまうから」
すぐ近くで囁かれるような、慈愛に満ちた密やかな声。
少しだけ顔を引いた少年の視界に広がるのは、大きな羽毛らしきものだった。
「あの……僕を助けてくれたんですか?」
「そうだよ。さっきのは、私のせいでもあるから。
地面よりは柔らかく君を受け止めてあげられると思ってね」
「す、すみません。ありがとうございます」
少年は自分を包むその感触から離れるのを名残惜しく思いながらも、ゆっくり体を起こし、自分の足で立つ。
「礼には及ばない。こちらも君の事をほんの少しだけれど、分かった気がするよ」
ランタンの小さな光に照らされて、自分の目の前にいる相手の姿が浮かび上がる。
端的に言うと、人間の大人と同じくらいの体格をした茶色の梟だ。
背丈は少年の頭がちょうど相手の胸部と同じ高さになるぐらいで、かなり大きい。
頭部と胴体は(羽毛で隠れてはいるが)人間によく似ており、麗しい顔つき。
頭には細やかな茶色の髪とミミズクのような羽角が二本生えていて、足先は鳥のような脚になっている。
さらに身に纏う羽毛や翼は厚く、ふわふわで、柔さに溢れている。
目つきは鋭くややじとっとしているが、悪印象を与えるほどではない。
「その……実は僕、ここに来たのは理由があって……」
「ああ、分かっている。私に会いに来てくれたんだね」
「え?」
「君が探しているのは『森の賢者』で、『思慮深き梟』だろう?
それなら、私の事だよ。事実はどうあれ、そうとも呼ばれているらしいからね」
「ど、どうしてそれを……?」
梟は小さく微笑むと、少年にとうとうと語り始める。
「たった一人きりで、君のような子供がここを歩く理由なんて、そう多くない。
わざわざ深夜を狙って訪れるとなると、さらに限られる。
だがこの辺りには夜にだけ生えるような
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