1 だれが一つ目 見つけたの?

「知ってるか? ここらの山ん中で怪物が出たって話」
「あ? 怪物だぁ? ばかばかしい、俺、そーいうUMAだのなんだのって信じてねえから」
「っていうかおまえ、前にもその話してなかったっけ?」
「いや、俺は田中の奴が言ってたのを聞いただけで、」
「おいおい、俺はそんな話してねえぞ」
「えぇ? でもこの前たしか……」
「冗談はいいから、さっさと現場に行く用意しろよ。今日の工事の段取りは――」



――――――――――――――――――――――――――――



夜の森は暗く、静かで、そして寒い。


時々聞こえる何かの鳴き声が恐怖を掻き立て、一人である事の心細さを際立たせる。
僕はこの真っ暗な山の中を、たった一人で歩いていた。
もちろん、好きでこんな所をとぼとぼと歩いているわけではない。
ちょっと冒険する気分で、山中に伸びた県道をバイクで通ろうとして、うっかり横転してしまったのだ。
幸い僕は軽傷で済んだが、バイクのほうは斜面を滑り落ちていってしまい、とても道には戻せなくなった。
カバンは背負っていたので携帯などの荷物は無事だったが、連絡を取ろうにもかなり山の深い所まで入ってしまったらしく、携帯の電波が届かない。
誰かが県道を通るのを淡く期待しながら、僕は仕方なく、電波が届く所まで歩くことにした。
僕のカバンに付けた小さなぬいぐるみと鈴が揺れて、ちりん、と静かな森の中で音を立てる。

「……この時間だと、工事の車も通りそうにないな……」

腕時計を見ると、すでに午後十時を回っている。
携帯をライト代わりにしながら、僕は慎重に細い県道を歩いて行く。

がさ、がさと音が聞こえた。それも何度か、同じ方向から。
山に住む動物だろうか。もし熊にでも逢ったらどうしよう、と怯えながら、僕は音のするほうに光をかざした。

音がした方には、何もいない。

「――ねェ、おにいさん、」

代わりのように後ろから声がした。少し低めの、女の子のような声。

「こぉんなトコ一人で歩いてたら、コワぁいバケモノに襲われちゃうよ?」

僕は驚いて後ろを振り向く。しかし誰もいない。

「活きの良さそうなおにいさんだねぇ。
 あそこのヒトたち、あんまり若い子いなかったからなあ……」

突然、何かがライトに反射して光った。
それも一つや二つでなく、無数の点の光が浮かび上がる。

「――いただきまぁす♪」

それが『眼』だと気付いた瞬間、僕は意識を失った。



――――――――――――――――――――――――――――――――



「――んん、」

目を開けると、明かりがまず目に入った。森の中ではないらしい。
周りから土の匂いがする。どうやらここはどこかの洞穴のようだった。
ごつごつした岩肌が何かの機械で照らされて、僕の目に入る。
……どうして僕はこんなところに寝ているのだろう?

「お目覚めかい? おにいさん」

僕の目の前に、黒髪の少女がにゅっと顔を突き出してきた。

「ああ、うん……?」
「そうかい、そりゃあ良かった」

寝起きで視界がぼやけている僕はぱちぱちと瞬きをする。
――そこでようやく僕は、彼女には眼が一つしかないのに気が付いた。
しかも彼女は服さえ着ておらず、肌の色が灰のように白い。
それにふさふさとした尻尾のような黒い何かが、彼女のお尻あたりから広がっている。
背だけ見れば僕よりも頭一つは小さそうな女の子だが、
上から下までどこを見ても、人間とはとても思えない特徴がそこかしらにあった。

「……えっ、ん?」

ぎょろり、と少女の一つ目が僕を見つめる。黒髪の上からでも見えそうな、燃えるように真っ赤な大きい瞳だ。

「なぁんだ、もうちょい怖がれよなぁ……」

突然、彼女の背中でうごめく何かが見えた。
するとパイプのように伸びた黒い筒――いや触手が、まるで生き物のようにうごめいて僕の方へ向かってきたのだ。

「――っ!?」

あまりに突然過ぎて、僕は声も出ない。もちろん、逃げることもできなかった。
彼女の背から黒い触手が何本も、次々と伸びてくる。
全部で十本はありそうな触手たちは、ぐるぐると力強く僕の腕や足に巻き付いてきた。
黒い触手の先っぽには彼女の一つ目に似た目玉が付いていて、僕を値踏みするようにじろじろと眺めている。
彼女自身の顔にある一つ目は、僕を見てにやにやしていた。
まるで夢の中の出来事だった――が、バイクで転んだ時の傷の痛みが、これが現実だと教えてくれた。

「なぁ、怖いだろ? あたしがさぁ」

得体の知れない物に纏わりつかれ、気が動転してしまう。
ぐるぐると僕に巻き付く触手はやんわりと、しかし僕を何重にも締め付けてくる。
僕は寝転んだまま、両手両足を触手に封じられてしまった。

「ぼ、僕を、どうする気なんだ?」
「どうするって、食べるに決まって
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