ゲームセンターに住む魔物

「お、おい……あの子、一体いつからあの台に座ってるんだ?」
「俺が見てただけでも二十……いや三十戦以上はしてるはずだが……」
「バカ、"49WINS"の文字が見えねえのかよ! 次で五十戦目だ!」

 人気格闘ゲームの筐体群が並ぶ、場末のゲームセンターの一角。
 そこに座っている、癖の付いた長い黒髪を垂らし、目深に黒いフードを被った少女。
 電光石火の早さでレバーを操り、かつ正確にボタンを捌く。
 コマンドミスがないのは当然で、必殺技が化ける(*想定と違う技が出ること)もない。
 だが彼女の一番の武器は――

「見たか今の?! またフレーム単位で差し合いを制しやがった!」
「よ、読み読みだろ? フツーあんな動きしねえぞ……」
「ていうか必殺技すら使ってないよね……?」
「超必殺技はたまに使ってるの見るな。ほとんどトドメの魅せプレイ用っぽいが」

 1フレーム(*1/60秒、約0.0167秒を指す)を見切ると噂されるほどの反応速度――。
 通常、人間の反応速度は約0.2秒、つまり見てから動くのに12フレーム以上掛かる。
 才能あるプロでさえ約0.18秒、そして人間の反応限界が約0.15秒だと言われている。
 そしてこれはあくまでも単純計算で、実戦ではさらに状況判断に掛かる時間を考慮しなければならない。
 1フレームが見えるというのはさすがに誇張だが、その少女の壮絶さは想像に難くないだろう。

「基本コンボ(*相手に反撃させない連続攻撃)も繋がるはずなのにやってねえ……」
「いやこれコンボゲーだから!そういうゲームじゃねえからこれ!」
「コンボすらできずに負けた奴が何ほざいてんだ!」
「うるせえ!コンボ始動技ぜんぶ潰されて泣いてる子もいるんですよ!!」

 いつしか(勝手に)付いたあだ名が『魔眼の黒少女』。あからさまな厨二である。
 いかに諦め悪い人間が集う格闘ゲーマー(*作者の偏見)でも、五十連勝を間近に控えた彼女を相手に立ち向かう勇気を持った者は一握りだろう。

「(僕の小銭は……できて2クレジット(二回)か。心許ないが、やってみるしかない)」

 このゲームセンターのローカルルールとして、連コイン(負けた相手が連続で再戦すること)は他の挑戦者がいても原則一回だけできる。
 最初の1ゲームと、再戦の為のコインはあるということだ。
 少年は今日に至るまで、長い間ギャラリーとして黒少女のプレイを見ていたが、ほとんど付け入る隙を見つけられなかった。
 それぐらいの天下無双なのだ。

「人外がぁ!近づいてぇ!人外がぁ!画面端ィ!ガーキャン(*ガードを途中キャンセルして攻撃する技)読んでぇまだ入るぅ!」
「つ、通常技だけで完封された……もうダメだぁ、おしまいだぁ……」

 しかし。
 その黒少女の、筐体を挟んだ反対側の台に一人の少年が歩み寄る。
 少年は席に着き、黒少女と筐体を挟んで対峙した。
 
「んん?なんかいま座ったあいつも見覚えあるな……?」
「ああ、一ヶ月前くらいの大会で優勝してた奴だろ。使うの強キャラばっかの」
「あんな可愛いショタがこんな濃い格ゲー(*格闘ゲーム)やってるとかそれだけで神」
「ホモはおいといて、意外といい勝負したりしてな」
「あの子供も上手いんだが、『黒少女』ほどじゃあないだろうなぁ……」

 追記すると、黒少女側の筐体には一切ギャラリーがいない。全員が少年側か別モニターの前にいる。これはずっと前からだ。
 ゲーセンという男臭い場所に現れた稀有な女性、それも少女ということと、何人も寄せ付けないような彼女のオーラとが混ざり合い、誰も彼女の背中側には立つ勇気がなかった。
 そして黒少女が座っているのはいつも壁を背にした店の隅っこなので、後ろ側で見物しようとするとどうしても彼女に存在がバレるのである。
 それでもベガ立ち(*腕を組んだ仁王立ち)で彼女をじろじろと見物していた客もいたらしいが――その後にパーフェクト勝ちを決められてゲーセンに来なくなったという噂だ。


 後ろから少しだけ聞こえてくる会話には耳を貸さず、少年はプレイヤーキャラクターを選ぶ。
 彼が選んだのは純粋な格闘家タイプの男性だ。
 体力、切り返し(*不利状態から反撃に転じる動きのこと)、固め(*相手に攻撃をガードさせ続けること)、コンボ火力、どれを取っても高水準な動きの出来るキャラだ。
 弱点は自分から接近するのが難しいこと、喰らい判定(*ダメージを受ける場所)が広いということぐらい。

「今回も強キャラ(笑) まただよ(笑)クソル金返せ(*某人気プレイヤーへの決まり文句)!」
「いやーでも悪手じゃね?いくらキャラランク高くても相性的にはかなり悪いじゃん」
「あのキャラで黒少女に挑む奴初めて見たわ」
「でも黒少女は決まって一つ目キャラを使うってわ
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