「へえ、こんなアプリが出てたのか」
アパートで一人暮らししている俺は、暇潰しにベッドで転がってスマホを触っていた。
彼女もなく、独身貴族を満喫している所なので女関係は別に頓着していないのだが、就職したことで数少ない友達が身近にいなくなり、会社に同期もいなかった俺は気軽な会話相手に飢えていた。
そこで偶然見つけたのが、つい最近に出来たというこのアプリである。
「まもむすさん」
このアプリは平たく言うと、匿名かつ不特定の相手と今すぐに通話ができるアプリだ。
通話する相手はもちろん自分と同じアプリを使っている人である。
誰と話すことになるかは掛けてみるまでわからないが、それは相手も同じ。
つまり自分から言及しない限り、自分の情報を相手にほとんど漏らすことなく、気軽に会話ができるわけである。
まあその分すぐに切られたり、会話してくれない相手だったり、ヘンな相手と話す可能性もあるわけだが……そこは一期一会だ。
その手軽さが受けて若者にはけっこう人気らしい。
さらに24時間有人監視パトロール付きとあり、犯罪や迷惑な勧誘行為は取り締まられているとのこと。安全性もお墨付きということだ。
名前の由来はよく分からないが、まあそれはどうでもいい。
「さて、物は試しだ。さっそくインストールしてみるか」
画面を何回かタップして「インストール」のボタンを押す。
……ん?アクセス権限の許可……色々あるけどまあ問題ないか、ポチっと。
ダウンロードバーが動きだす……が、アプリインストールには少し時間が掛かった。
さほど容量もないし、ネット環境も悪いわけではないはずだが……ま、いいや。
「さーて、早速掛けてみるかな」
アプリを起動すると約束事やら細かい説明やら出てきたが、適当に斜め読みする。
もし危険なアプリだとしたらレビューやネットの記事でも言われてるはずだからな。
「お、いよいよか……よーし。やっぱ話の合いそうな子がいいかな……ん?」
後ワンボタンで通話が掛かるという所で、少し気にかかる。
「なるほど、プロフィール欄ね。ここに教えたい情報だけ書いとけるのか。
うーん……まあ年齢とか、住んでる県、趣味ぐらいか?」
あまり書きすぎても引かれそうなので、短めに書いておく。
「二十代前半、K県、趣味……映画鑑賞でいっか」
さて。
いよいよ準備が整ったので、通話ボタンに指を掛ける。
気軽に何度でも掛けられるので、その点では心配ないが……このアプリを使うのは初めてだし、毎回必ず初対面の相手と話すってことだ。
人見知りと言う程ではないが、初めて話すというのは緊張するものだ。
少しドキドキしながら俺は通話ボタンを押した。
ppp……
なんかよく分からない効果音が流れる。
五秒、十秒、二十秒……意外と相手が出るまで時間が掛かるなあ。
一分ほどしてようやく、ヘンな効果音が途切れ、ピロリンという音が鳴った。
「お?」
繋がった?
『……し、もしもし……』
これは……女性の声だ。それも結構若い、俺と同じかそれより下かもしれない。
「あー、もしもーし」
『あ……は、はいっ』
密やか……というか、繊細な声。落ち着いているが、どこか気弱そうな声色だ。
「えーと……ごめん、俺はこのアプリ初めて使うんだけど」
『わ、わたしも……です』
「あれ、そうなの?そりゃすごい偶然だ」
『そ、そうですね』
言葉の端々から彼女には緊張が見て取れる。それは俺よりも格段に大きい。
まあ、気を遣う必要ははっきりいってないのだが……スムーズに話をするなら警戒は解いておいた方がいい気がした。
「んー、なんか結構若々しい声だけど……いくつか聞いちゃっても大丈夫?」
『あ、ぷ、プロフィールに、書いてます』
「ああー、ごめんごめん今から見るよ」
俺はスマホを耳元から一度離し、画面を見る。
19歳、K県、趣味は読書です、人見知りしてしまったらごめんなさい……か。
「へー、俺より若い……っていうか、住んでる所も同じだ」
『そ、そうなんですか?』
「意外と近くにいたりしてねー、ははは」
『そっ、そうです、ね』
流石に詳しい場所は聞きにくいが、同じ県に住んでいるというだけでも親近感が湧く。
「俺は仕事でこっちに来たんだけどねー。地元が恋しいよ」
『仕事……は、何をされてるんですか?』
「えーっと、まだ新卒だけど、俺は――」
――とまあ、こんな感じで会話は進んでいく。
どこか強張った声色も、十分ほど話していれば次第に消えていった。
「――かな。そういえば、そっちはどんな事してるの?」
『わ、わたしは……今は、お料理の勉強を……』
「っていうと、調理師とかかな?」
『そ、そんなに大層なもの
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