捨てフーリーちゃんを拾ったら

 日が暮れかけた帰り道、人通りの少ない閑静な住宅街、アスファルトの道路の上。
 ”ひろってください”と書かれた段ボールの中。
 普通なら入っているのは子猫か子犬と相場が決まっているものだ。だが――

「さて……」

 その段ボール箱の中で立っていたのは、少しだけ褐色肌の、天使、とでも言うべき姿。
 姿形は僕より小さく少女のようだが、桃色のセミロングヘアーにぱっつんの前髪、丸っこくて幼げな顔つき。
 所々にピンクのリボンの付いた、胸の下までしかないレオタードのような服。
 大きすぎず、小さすぎずのたゆんとした乳房。
 惜しげもなく晒された際どいショーツのような下着。
 天女が身に着けるような、謎の力でふわふわと宙を漂う羽衣。太もも辺りまでの長さのソックス。
 露出の多さも相まって、おおよそ普通の少女とは思えないその姿は明らかに町の風景から浮いていた。
 
「……かみさま、どうか……」

 何かをつぶやきながら、天使は空を見つめている。まだ僕には気づいていない様子だ。
 どうしよう。
 いくら見た目が神聖そうだからといって、僕が関わってもいい相手なのだろうか。
 そもそもどういう理由で、なぜこんな箱の中で立っているのか――謎が多すぎる。
 なのに僕は、吸い寄せられるようにその少女の前へ歩いて行った。

「えーっと……あの、」

 彼女の目前まで来たが、掛けるべき言葉がぱっと思いつかない。
 すると天使は両目を閉じて、僕にそっと語りかけてくる。

「――ふふっ。どうなさいましたか?」

 その外見に似合った、ハープの音色のように澄んだ優しい声。
 慈愛を含んだ微笑み。
 まさしくそれは、天使と言って差し支えないものばかりだ。

「もしかしてその、あなたは……天使、なんですか?」
「ええ、左様です」
「どうしてその、天使さんが、こんな所に?」

 僕の質問を受けても、少女が表情や気品を崩すことはない。目蓋は閉じたままだ。

「お見えの通り、私は捨てられているのです。
 そして、救いの手を差し伸べてくださる方を探しています」
「捨てられて……?」
「はい。この通り、天から降りた身である私には行く当てもない次第なのです。
 このままでは身は凍え、飢えて乾き、果てには存在を保つことさえ……」

 そこで初めて、天使の眉が垂れ、表情を崩す。
 少し芝居がかった動作にも見えたが、嘘をついているようには思えない。

「そ、それは……どうにかならないんですか?」
「方法は簡単です。私が誰かに奉仕し、対価として”愛”を受け取ること……」
「愛……ですか」

 言葉の中にも天使らしい、常識離れした理屈が含まれてきた。

「そうです。それが、それだけが私達『フーリー』の求めるモノであり、糧なのです」
「フーリー……聞いたことはありますけど」

 『フーリー』は愛の女神に仕える天使だ。昨今に現れて世の中を騒がせている魔物娘とはまた違う存在らしい。
 とはいえ、あまりに日常からかけ離れた存在なので詳しくは知らないのだが。

「そう……私達の事をご存じなのであれば、話は早い」

 天使はぱちりと目を開ける、
 桃色の髪に似た、淡く赤い瞳が僕をまっすぐに見据えていた。

「そして、私には分かります。貴方にも愛を慈しむ心が宿っていると」
「えっ?」
「何を言うでもなく、貴方は私に声を掛けてくださいました。
 ともすれば異形である天上の存在に、です。
 まだ善行を成したとは言いませんが、その心は善に近しいものと言えるでしょう」
「いや、でも……それだけでは流石に判断できないのでは?」
「だからこそ、私は確かめたいのです。貴方様が奉仕に足る存在かを」

 彼女は口調こそとても丁寧なのだが、気圧されてしまいそうな迫力も併せ持っている。
 僕はその勢いに呑まれてしまったのか、断る理由がすぐには思いつかない。

「と、とはいっても……それは恐れ多いというか、気が引けるというか。
 天使に目を付けられる程の人間では決してないですよ」
「ふふ、謙虚な心もまた善なのは確定的に明らか。一流のナイトの条件です。メイン盾です。すごいなーあこがれちゃうなー」
「いえ、そう言われましても……。
 僕はまだ大学生で、女性を養うような甲斐性もお金もありませんし」
「人の理を超えた私達に金銭など必要ありません。
 それに甲斐性などというモノは、伴侶が引き立てるものであり、そもそも互いに寄り添いあってから初めて分かる物です。
 始まる前から否定をする事など誰にも出来ません」
「うーん……」
「さあ、さあ。あまり焦らされては私の我慢も有頂天ですよ」

 ぐいぐいと押してくる彼女の気概に負け、僕はついに頷いてしまう。

「わ、分かりました……僕が天使に見初められる程の男かどうか、確かめてください」

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