捨てミノタウロスさんを拾ったら

 日が暮れかけた帰り道、人通りの少ない閑静な住宅街、アスファルトの道路の上。
 ”ひろってください”と書かれた段ボールの中。
 普通なら入っているのは子猫か子犬と相場が決まっているものだ。だが――

「ぐぉー……がぁー」

 そこに入っていたのは、牛のような角を生やした大きな女の人だ。
 大きすぎる体は段ボール箱に入りきらず、足や頭がはみ出している。
 上半身はほぼ裸で、おっきな胸にベルトのようなものが巻かれているだけ。下半身はもふもふとした毛皮に覆われていて、逆関節のような足と蹄に尻尾という、人間とはかけ離れたものになっている。
 いびきを掻きながら寝ているらしく、僕が箱に近寄っても女の人は起きる様子がない。
 お父さんに持たされているスマートフォンで調べてみると、この女性が『ミノタウロス』という魔物であることが分かった。

「ミノタウロス……」

 魔物を見るのは初めてではないけれど、今まで出会ったのはおとなしく、人間と仲の良い魔物ばかりだ。
 しかしミノタウロスは凶暴な魔物で、気性も荒いためにほとんど見かけない。問題を起こす可能性が高いから、らしい。
 夫がいるなら大よそは改善されるが、一人で眠っている彼女がそうである可能性は非常に低い。
 ここは起こしてしまう前に家へ帰ったほうがいいかもしれない。
 そう思って離れようとしたとき、

「……つっかまえたぁ〜」
「!?」
 
 身を起こしたミノタウロスの大きな手にがっしりと腕を掴まれる。
 その力は強く、とてもじゃないが引き剥がすことができない。

「な、なんで」
「オトコの匂いにはビンカンなんだよ……居眠りしてたってわかるぜぇ?
 特に、アタシはちっさなオトコの子のカラダがだぁいすきでねえ。
 昔からずーっと狙ってたのさ……オマエみたいなのを捕まえてやろうってな」
「少年を狙って……へ、変態だぁ……」
「う、うっせえ!ヒトの趣味にとやかく言うんじゃねえよ!
 ともかく……オマエはもう捕まったんだ。逃がすもんか」

 段ボール箱から起き上がり、ミノタウロスが僕の横に立つ。
 180cm以上はありそうな身長と綺麗に割れた腹筋が彼女の力強さを表している。
 力ずくでは逃げられるはずもない。

「……どうすれば解放してくれるの」
「そうだなあ……アタシを腹いっぱいにしてくれたら、放してやるよ」
「じゃあ……家でごはんを食べさせてあげるから、それで満足したら帰ってね」

 防犯ブザーを持っておくべきだったと後悔しながら、僕は歩き出そうとする。
 しかしミノタウロスにぐい、と腕を引っ張られ、危うく転びそうになった。

「待て待て、逃げられないように、アタシがオマエを持って歩く」
「え? ……わっ!」

 その瞬間、僕は背中のランドセルごと身体を持ち上げられていた。
 脇に抱えられ、僕は宙ぶらりんのまま連れて行かれる。
 
「なんだオマエ、かっるいカラダしてんなあ。ちゃんとメシ喰ってんのか?」
「うう……」
「おっと、名乗るのが遅れたな。アタシはゼニスってんだ。オマエは?」
「……翔太(しょうた)」
「よーし、翔太。オマエの家に案内しな」

 ミノタウロス……いやゼニスはのっしのっしと歩きながら、僕を家まで連れ去った。


 
 僕が暮らしているのは、お父さんが建てたらしい一戸建ての家だ。

「ほー、これがオマエの家か。なかなかでっけえじゃねえか」
「……ほんとにご飯食べたら帰ってくれるよね?」
「腹いっぱいになったらな」

 僕は玄関の鍵を開けると、土足のまま上がろうとするゼニスを一度制し、ランドセルをリビングに置いてキッチンから布巾を取ってくる。

「上がる前に、これで足を拭いてね。靴は履いてないみたいだし」
「ああ?面倒くせえなあ。オマエがやってくれよ」
「……しょうがないな」

 しぶしぶ両足の蹄を拭いてあげると、何故かゼニスは僕の頭を撫でてきた。
 大きくて無骨な手だけど、温かい。
 こうして誰かに撫でられるのは何時ぶりになるだろう。
 ……いや、余計なことは考えたくない。

「ちょっ……やめてよ」
「照れなくてもいいんだぞ?良い事をした弟は褒めてやるもんだ」
「……いつからお姉さんになったの」
「ついさっき」

 ゼニスは無遠慮にリビングへ上がりこむと、部屋にある大きなソファを見つけて寝転ぶ。

「おっ、こりゃ柔らかくていいな。寝るのにゃピッタリだ。
 アタシはここで待っといてやるよ」
「……はあ」

 思わずため息が零れる。仕方ない、もう少しの辛抱だ。
 
「うん? おい、ちょっと待て。オマエの親はどこだ」
「……いないよ」
「なに?」
「母さんはずっと前に離婚して出て行った。
 お父さんは仕事でいつも夜遅くまで帰ってこないし、今日は出張だ」
「……じゃあ、誰がオマエに
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