こんなに寒い夜は

 雪がしんしんと降り積もる夜。月明かりは真ん丸を描き、山中を薄暗くも照らしていた。
 その雪の中をせっせと歩く男性の人影。
 旅人のように身軽な服装と大袈裟な荷物、しかし防寒の類を知らないその装備。
 このままでは凍死さえ覚悟しなければならない。
 そう思っていた矢先、彼は掘っ立て小屋のような小さな家に気が付いた。
 そこからは確かに明かりが漏れだしている。
 誰かが住んでいる?こんな辺鄙な所で?

 どちらにせよ、彼に選択の余地はなさそうだった。

 
 彼が小屋の中に入ると、そこにはちゃんと家具が置いてあった。
 椅子、テーブル、暖炉、ベッド。部屋の様相は呈していても、どれもこれも粗雑な作りをしている。
 素人の手作りというか、見様見真似のハンドメイド製品というべきか。
 その品質の低さは、まるで子供ががんばって作った工作のようだ。
 何はともあれ、暖炉には火が付いていて暖かい。これだけで彼の心は嬉しくなった。

 彼が喜びを隠せず安心しきったところで、奥の部屋から何者かが出てきた。

「……あ、な、……なんだ、オマエはっ」

 そこに居たのはどこから見ても人間ではない、別の生き物だった。
 肌は降り積もる雪のように白く、そして肌の所々に黒い結晶のような何かがあり、その黒い何かで手足の先が手袋や足袋のように包まれている。そして魔物だけあってか、全くの服を着ていない。惜しげもなく白肌を晒している。
 彼女の長い黒髪に似た、背中から伸びる黒い触手。これが魔物の様相を呈していて、しかもその先端には目玉があって、時折こちらをぎょろりと睨んでくる。 しかも下に目をやると、どういうわけか彼女は地面に立っておらず、ほんの少しだが宙に浮いているのだ。
 極めつけは、黒い前髪で見え隠れする赤い”一つ目”だ。
 ただ身体の輪郭だけは、少女のような肢体をしているのが不思議でたまらない。

 突然のことに驚いたまま返事ができず、ぼうっと彼は突っ立っていた。

「こ……ここは、あた、アタシの、家だぞ。分かってるのか」

 魔物の剣幕に押され気味で、彼は少しずつ部屋の入り口までずりずりと引き足になる。
 なんといっても相手は人間ではないのだから、逃げるべきなのかもしれない。
 いくら相手に敵意が無さそうだ、とはいえ――

「あ、ま……待て!」

 意外なその魔物からの呼びかけが、さらに青年を困惑させる。
 魔物とは人間を襲う存在だ、彼は今までそう信じていたが、それは揺らいでいた。

「ゆ、雪が降ってるんだろう? いま、外では」

 こくんと頷く青年。

「だったら……夜になって出ていくのは、危ないんじゃないのか?」

 それは正論だ。だが一体そんな事を言ってどうするのか、と青年が身構えると、

「こ……ここにいても、いい」

 その言葉に思わず青年は聞き返した。

「そ、それぐらいは許してやるって言ってるんだよ!」

 







 青年が旅の荷物を魔物の家に降ろすまで、そう時間は掛からなかった。
 魔物は――いや一つ目の少女がじっと睨みつけてくるので、彼も落ち着かない。
 「立ってるままなのか」と彼女が言うものだから、雪を払って椅子には座ったものの、その距離感はテーブルの間以上に大きかった。
 旅人が小さくくしゃみをする。
 そのついでのように青年は魔物に聞いた。暖炉に当たってもいいか、と。
 ぶっきらぼうながらに魔物は「あぁ」と返す。

「寒くないのか」

 偶然にも、両方が同じその言葉を、同時に言った。

「ど、どういう意味だ?」

 先に聞き返したのは一つ目の魔物のほうだ。
 何しろこの少女らしき相手は、自分と違って服もまともに着ていないのだから。
 魔物だから、そもそも構造が違うのかもしれないが――と付け加えると。

「オマエだって、そんな格好でどうやって雪山を渡る気だったんだ」

 そう言われれば、旅人として反省点でしかない。
 いくら来る前に雪が見えなかったとはいえ、地元民に聞けば冷え込むのは分かっていた事なのに。
 それを怠ったせいが祟り、今こうなっているのだから。

「ふんっ。どーせ自信過剰なモンだから、そのままでも山を越えれると踏んだんだろう」

 自分の思惑とは違う反論に、青年は思わず強い口調で返した。
 そんなことはない、ちゃんと近くの街で話を聞いていたらこんな事はなかった、と。 

「じゃあなんで、それをしなかったんだ」

 それは――と言い返そうとした所で、口が止まる。
 青年はすごすごと引き下がって、また暖炉でちらつく火に目を遣った。
 そしてとても小さい声で返事をする。

「……なんだって?」

 静かな部屋の中でも聞き取るのが精いっぱいのその声を、少女が復唱する。 

「……”人と接するのが苦手だから、話を聞けな
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