三匹の仔犬

 日が暮れかけたいつもの帰り道、閑静な住宅街、アスファルトの道路の上。
 ”ひろってください”と、とても綺麗な文字で書かれた段ボールの中。
 普通なら入っているのは子猫か子犬と相場が決まっているものだ。
 だがその子は、まるで人と犬が混ざったような姿でそこに佇んでいた。

「……」

 顔のマズルにイヌ耳と、ふさふさとした薄茶色の体毛は犬のそれだが、ブロンドのロングヘアが髪が頭から生えており、そして明らかに二本足で立っている。
 しかし気品ある服と佇まいは淑やかなお姫様のように慎ましく、ますます人間なのか犬なのか分からない。

「……(ぺこり)」

 思わず立ち止まって彼女を見ていた僕に対し、その犬の女の子は恭しく頭を下げた。反射で僕も頭を下げてしまう。
 道路には人通りがほとんどなく、たまに通っても彼女からは目を逸らしながら歩いている。これだけ妖しい風貌なのだから当然かもしれない。

「君は……」

 そのまま無視して通り過ぎるのをばつが悪く感じた僕は、その子に話しかけてみる。
 そもそも言葉が通じるかも怪しかったが、彼女の口から出てくる言葉はとても流暢かつ礼儀正しいものだった。

「これは失礼いたしました。
 わたくし、クー・シーのアナスタシア、と申します。アーニャ、とお呼びくださいませ」
「えっと、アーニャ……さんは、ここで何を?」
「僭越ながらわたくし、ご主人様を探しているのです」
「ご主人様?」
「はい。 わたくしが仕えるべきご主人様を探し求めて、この場所へ尋ねて参りました」
「えと……じゃあその段ボールは?」

 僕が『ひろってください』と書かれた段ボールを指さすと、

「これですか? 
 主人を探す際はこうするのがこちらでのしきたりとお聞きしたのですが……何か不備がありましたか?」

 女の子はとても真面目な顔でそう返す。冗談を言っているような顔ではない。

「ああ、うーん……。色々と間違ってるような」
「そうでしたか……。どうりでずっとこうして立っているのに、どなたも声を掛けてくださらなかったのですね。
 ご指摘いただきありがとうございます、大変助かりました」

 また犬の女の子……アーニャはぺこりと頭を下げる。

「……その、貴方様は如何様に思われますか?」
「え?」
「こうして声を掛けていただいたのも何かの縁だと思います。
 わたくしを貴方様の家へ置いていただけませんか」
「えーと……」

 アーニャの顔は真剣で冗談を言っているような表情ではない。

「でも僕、アパートで一人暮らしだし、お手伝いさんとか雇う余裕はなくて……」
「大丈夫です、お給金を頂く必要はありません。お家にさえ置いていただければ」
「え、ええ?」
「こ、こう見えても家事は一通りこなせますし、どんな雑用でもやり遂げます!
 ご主人様が望むのであればもちろん、夜のお供も――はっ、し、失礼致しました」
「……でもなあ」
「そこをどうか!」

 正直な所、タダでいいだなんて言われると訝しむ気持ちの方が大きいけれども、その無垢な瞳を見ているとどうにも断りにくい。
 ダメだと言っても引き下がってくれそうにないので、とりあえず妥協案を提示する。

「じゃあ、二、三日ほど様子を見てもらうというのは……」
「本当ですか! ありがとうございます!」

 僕がそう言うと、アーニャはまた丁寧にお辞儀をした。







「ご主人様、おゆはんの準備が出来ました」

 台所からアーニャの声が聞こえたので、テーブルに料理を運ぶのを手伝う。
 そういうわけで早速アーニャにお手伝いさんとして家に来て貰ったのだが、恐ろしいほどにアーニャは働き者だ。
 うちに来るのも早々に部屋の掃除を始めると、溜まっていた洗濯物の処理から夕飯の買い出しまで全てやってくれた。対応した店員さんはどんな顔をしていたのだろう。

「今日の献立は?」
「鶏肉の蒸し焼きとチンゲン菜のサラダです。お口に合えばよいのですが」
「じゃあ、いただきます」

 一礼をしてからぼく達は一緒に食べ始める。
 適度な焼き加減、手作りのソース。栄養価と味のバランスを考えたサラダ。三ツ星レストランで出てくるような出来の料理なのに、とっつきにくさが全くない。

「うん、おいしい」
「本当ですか? 嬉しいですっ」

 僕が思わず感嘆すると、ぱっと花が咲いたようにアーニャが微笑む。
 犬のような人懐っこさの中に慎みのある、とても上品な笑顔だ。

「最近ずっと不摂生な食事ばっかりだったから、助かるなあ」
「まあ、それはいけません。 医食同源、食事は全ての源です。
 これからは腕によりをかけてごはんを作りますので、楽しみにしておいてください」

 お手伝いさんなんて雇ってもしようがないと思っていたけど、こんなに尽くしてくれる子なら
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