ぷぅーーん。
蚊特有の特徴的な羽音を響かせながら、魔物は静かな夜の空を飛んでいた。
その魔物は昆虫界の吸血鬼――ヴァンプモスキートと呼ばれる存在だ。
黒髪のショートヘアに細いツインテール、つり目がちな目と八重歯。僅かに膨らんだ乳房とぷりぷりとした小さなお尻に、虫に似た模様の入ったしなやかな手足、という外見をしている。見た目はすべっとした裸体を惜しげもなく晒す幼い少女でしかないが、とても狡猾で意地悪な魔物だ。
今日も獲物を探して飛行していた彼女は、ある家屋の二階から獲物の匂いを感じ取った。
何故だろうと思って近寄ると、どうやら家の窓が空いていたらしい。それも彼女が入れそうなぐらいにだ。
こっそり近づいてみると、さらに幸運なことにその部屋に居るのは小さな少年だけ、それも自分のベッドにひとりで寝ているだけ。
「ボク好みの匂い……ししっ、ボクってついてるっ」
少女はにやりと笑いながら、身を乗り出して窓からすっと中に入り込む。
家の中は真っ暗だったが、夜目の効く彼女に問題はない。少なくとも部屋の中を見渡せるぐらいには視界を保持できている。
ベッドと机しかない簡素な部屋だ。
「(入る前から灯りが消えてたってことは、もう寝てるのかな?)」
彼女の特徴的な羽音は部屋の中に響いているが、少年はベッドに寝ているまま。
ペロリと舌なめずりをしながら、少しずつ少年ににじり寄っていく。
ついにベッドのそばまで少女は近づいたが、少年がそちらに顔を向ける様子もなければ、目を開ける様子もない。
そもそもこの暗さなら、人間の目では誰が立っているかを確認することすら難しいだろう。
「(ありゃりゃ、ほんとに寝てる。
こんな時期に窓を開けっぱなしで寝るなんて不用心なのー)」
部屋に響くのは規則的な少年の呼吸音と少女のか細い羽音だけ。
「まあいいや、今のうちに噛みついてちょーっとイタズラを――」
少女がそっと身を屈めると、
「誰?」
「――うぇっ?!」
突然の声にビクっと少女の細い身体が跳ねる。間違いなくそのベッドにいる少年が発したものだ。
そのまま少年はベッドから身を起こして、声がしたほうを向いた。
「え? え? なっ、なんで寝てないのっ」
「僕一人だから、電気は付けてなかったんです。
……でも扉の開く音はしなかったのに……変だなあ。
あ、すみません、僕に何か用ですか?」
「えあ、その、えーっと」
身じろぐ少女はうろたえながら、必死で言い訳を考える。
しかし、どこか少年の様子は彼女にとっておかしく見えた。
自分に話しかけているはずなのに、こちらを向いていない。
それに相手は自分よりも背が小さい女の子だと分かっているはずなのに、敬語を使っている。
「(暗いから見えてない? でも、こんなに近くにいるのに……?)」
それだけではなく、少年は目もつむっているまま。
もしや、と思った少女は、自分の羽音と呼吸を止める。
「……あれ? どこに行かれたんですか?」
そう少年は呟いたが、もちろん少女はさっきの場所から動いていない。
少年の目が開かれても、その視線は部屋の中を泳いだまま、少女と合わさる事はない。
――やっぱり。
感づいた魔物の少女は、ゆっくり口を開く。
「もしかしてキミ――目が見えないの?」
それが、二人の最初の出会い。
「ボクはマリア。キミは?」
「ユータです」
「ふうん、ユータくんか。包帯とかはしてないみたいだけど、目が見えないのは生まれつき?」
「いえ……数年前に、事故で……」
「そっかあ。 でもそれなら……もしかしたら」
「?」
分からないといった顔をするユータに対し、マリアは微笑む。
「もしかしたら――それ、治るかも」
「えっ?」
マリアの言葉にユータは疑問の表情を浮かべる。
「……。
でも、お医者様が言うには視神経の問題で、治るかどうかも分からなくて……、たとえ治すにしろ魔法にしろ薬にしろ、すごい時間とお金が掛かるって……」
「ふーん? あんまり難しいコトはよく分かんないなぁ……。
でもねえ、ボク知ってるよ。
時間は……どれくらいか分からないケド、お金なんてひとつもいらない治しかたをね」
「ほ、本当に……?」
ユータの声が少し震え、身を乗り出そうと前かがみになったのがマリアには分かった。
「んっふふ〜。もちろんっ」
「そ、それって?」
食い入るように少女の方を向くユータ。
羽音を止め、彼の耳元にそおっと近づき、マリアは耳打ちするように囁く。ふうっと耳の中に温い吐息を掛けるようにして。
「せ・っ・く・すっ♪」
「えっ……?」
同時にマリアはベッドに飛び乗り、その小さな体を弾ませた。そして横から少年
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