僕のバイト先はリサイクルショップで、個人経営だったけどそれなりに大きな店構えだった。
家具や電化製品なんかはもっとサービスのいい大手会社に引き取られることが多いらしく、お世辞にも体力があるとはいえない僕でもなんとか勤まるバイトだったのは幸運だろう。
なのでうちの店にやってくる品物はどちらかというと、バッグや家庭用品、おもちゃや人形なんかが多かった。
まだまだ綺麗なのにうちの店に売られてくるぬいぐるみや人形たちを見ていると、どこかいたたまれない気持ちになる。
そのうち店に置いてある人形が話しかけてくるんじゃないか、と思うぐらいに。
「ね、そこのてんいんさん」
話しかけてきた。
一瞬頭がおかしくなったのかと思ったが、とにかくその人形は僕に話しかけてきたのだ。僕が店の奥で、在庫の品質確認をしているときに。
「わたしをもらってくれないかしら」
言葉を喋ったのは、長いドレスを着た美しい人形だ。アンティークドールのような気品と、今にも動き出しそうな造形のリアルさがいかにも高級品の様相を呈している。銀色の髪は綺麗に螺旋を描いていて美しく、猫のように鋭い赤の瞳が印象的だ。
ただそのせいで、どう贔屓目に見てもこんなリサイクルショップに売られるような雰囲気には見えない。
その声は幼い響きだったけれど落ち着いていて、まさしくおとぎ話に出てくるお姫様のように澄んだ声だった。
「ちょっと、ムシしないでくださいな。 きこえるようにしゃべってるでしょう」
「確かに聞こえてるけど、それって僕の幻聴じゃないのか」
「ちがいますよ」
「幻聴はみんなそう言うんだ」
「むーっ。まえに買ってくれたヒトもそんなこといって、あっというまにわたしをほうりだしたんです。
どうしてですか。どうしてわかってくれないんですか」
「人形は普通喋らない」
「わたしはふつうじゃないかもしれませんが、それとこれとはベツです」
「なるほど」
会話が成立しているのに少しずつ怖くなってきて、僕はそそくさと仕事を切り上げる。
「こんにちは。おかおがすぐれませんけど、だいじょうぶですか」
「……まあ」
話しかけてきた。
前と同じ、あのドレスを着た人形だ。
アルバイトにも人生にも疲れた覚えはないが、今度精神科に通った方がいいかもしれない。
幻聴のせいだ、きっとそうだと言い聞かせながら僕は在庫の確認作業に徹する。
「つかれているなら、よくねないとだめですよ」
「そうだね」
「こんなくらいばしょにながくいたら、いけません」
「仕事だから」
作業上僕は仕方なく、あの人形がいる棚のところに近づく。大小様々な人形やぬいぐるみ達がぎっしりと敷き詰められている棚だ。
人形は包装箱に腰掛けるようにして座りながら、上から僕を眺めている。
……いや、眺めているというのがもう変なのか。
「ここ、わたしたちにとっても、とってもいやなばしょです。
ほこりっぽくて、くらくて、さみしくて……」
「そう」
「……こんなところにいたって、だあれもみてくれない……。
ほかのみんなだって、さびしがってる……」
「……ふうん」
ここでの仕事は終わった。
さあ早く戻ろうと、急ぐ僕の背中を刺すかのように、
「わたしを、もらってくれませんか」
「……」
彼女の声が聞こえてくる。
僕は何も言えず、そこから逃げた。
青ざめた僕の顔を見ると店長も「今日は休め」と言ってくれた。
とりあえず、僕のアパートに戻ろう。
「おかえりなさい」
そんな予感は少しだけしていた。
自分のアパートに帰ってくると、そこにはあの人形がいたのだ。
リサイクルショップで話しかけてきたあの人形が。
長いドレスは部屋の隅でハンガーに吊るされていて、今はお魚の柄が入った人間用サイズのエプロンをつけている。余った丈は無理矢理折ったようだ。
エプロンの下にはワンピースのような可愛らしい下着が覗いている。
「……」
「あ、もうすぐごはんできますよ。いっしょにたべましょう」
「……きみもご飯、食べられるの?」
「はい」
もう僕には怖がる気も青ざめる気も起きなかった。
どうしてこんな妄想が生まれてしまったんだ――と思いながら部屋の中にはいると、ちゃんとご飯の用意ができている。
これはどういうことなんだ、夢か、夢でなければ何だ?
戸惑いながらも僕はテーブルに着く。サバの塩焼きとサラダとほかほかの白米。どれも幻想には見えない。
もぐもぐ。
ちょっと魚の焼き加減がきつすぎただけで、サラダも変なところはなく簡単な盛りつけではあるけども文句はない。
料理はやはり幻想ではない、ということは目の前で一緒になってご飯を平らげている人形も?
「どうしました?」
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