一つ目は問うに落ちず

 私の家には、夜な夜な一つ目の少女がやってくる。


 初めて彼女と会ったのは昨日の、雨脚が強い夜の日だった。
 ちょうど私が自分のアパートで晩酌をしていると、こんこんと玄関を叩く音が聞こえた。
 チャイムを鳴らすわけでもなく、ただ何度か扉をノックをしただけの音。
 ちょうど酔いも回りだしてぼうっとしていた私は、覗き窓も使わずいきなり玄関の扉を開ける。

 濡れそぼってそこに立っていたのが、その一つ目の少女だった。
 
 いくら酔っていたとはいえ、私もさすがに驚く。
 そこに居たのはどこから見ても人間ではない、別の生物だったのだから。
 まずその肌が、陶器を通り越して雪のように白い。そして肌の所々には黒い結晶のような何かが張り付いていて、その黒い何かで手足の先は手袋や足袋のように包まれている。
 身体の輪郭だけで言えば、その人外は少女のようにか細く整った肢体で、それが彼女を”少女”と称する理由になった。
 なのでここまでなら、仮装をした幼い子供のようだと言えなくもない、だろうか。
 しかし更に不審なのは、彼女の黒髪に似た、背中から伸びる真っ黒い触手だ。その先端には目玉があって、時折こちらをぎょろりと睨んでくる。
 しかも下に目をやると、どういうわけか彼女は地面に立っておらず、ほんの少しだが宙に浮いているのだ。
 極めつけは、黒い前髪で見え隠れする、宝石のように煌めく赤い一つ目だった。

 私が絶句したまま黙っていると、何かを伺うように、彼女はちらちらとこちらを上目遣いで見てくる。
 雨は多少弱まっていたが、まだすぐには止みそうもない。それに加えて風も強く、どこか軒下に入った程度では雨を凌げないだろう。特に彼女の長い黒髪はびっしょり濡れていて、重そうだ。
 とりあえず家に入るよう手招きをしてみると彼女にも伝わったらしい、おずおずとした態度のまま、玄関の縁に座った。
 彼女に付いた雨粒がぽた、と落ちて床を濡らす。
 大きなタオルを押入れから持ってきて私が渡す――というよりも押し付けたような感じだったが――、彼女は驚いたような顔をしながらも受けとり、身体を拭き始めた。
 私は体を拭いている彼女を玄関に放っておいたまま、部屋へ戻る。
 常人がその場にいれば、私を狂人だと、とんでもない阿呆だと非難したかもしれない。
 人ならざる少女がそこに居たというのに、まあ雨宿りにでも来たのだろう――と、私は自分でもよく分からない判断を下していたのである。
 だから、身体を拭き終えた彼女が部屋に入ってきて、そのまま静かに私の前へ座っても――どこかそれが、自然な事のようにさえ感じたのだ。
 
 結局その日、彼女はほんの少しだけ私を見つめた後、何一つ言わずまた玄関へ戻って、そこに座っていた。
 その背中と黒い触手をを眺めながら、彼女は一体何者なのかと考える。
 一番先に思いついたのは、私の幻覚、という答えだ。
 朝になって雨が止んだ頃には、たっぷりと濡れたタオルだけが玄関に畳んで置かれていた。
 


 その時の事だけなら、狐にでも化かされたのだろうと一笑に付せるかもしれない。
 しかし昨日に続いて、今日も一つ目の少女は私の家を訪ねてきた。

 不思議なものだ、と零しながら、私は梅酒の入ったグラスを傾ける。からんと氷が転がる音がして、味わい深い梅の匂いが鼻をくすぐる。
 部屋の真ん中にあるテーブルを挟んで私の向かいにいる彼女が、私の顔を見ながらゆっくりとまばたきをした。
 私の部屋の白い壁にもたれた彼女は、何が言いたいんだ、と問うように小首を傾げる。

「一体何が面白くて、何度も私の家に来るのか」

 テーブルにあるノートパソコンのキーを叩きながら、独り言のように私は言った。
 彼女は少し笑ったような顔をして、返事代わりのように何本か触手をくねらせた。表情を確かめるために顔を見ると、否が応にもその赤い目に気が入ってしまう。
 しかし、彼女の思惑は読めない。何も話そうとしないからだ。
 一つ目の下には鼻も口もちゃんとあるし、私の言葉も理解しているはずなのに、言葉を発しない。
 そのせいもあって、見た者を威圧するような触手を伸ばしているくせに、彼女の印象はおとなしい小動物のようだった。

「毎日毎日、そうたくさんの眼で睨まれると、気になってしょうがない」

 一口酒を飲み、アルコールの刺激を鼻腔から逃がしながら、私は言った。 
 すると、黒い触手が丸まるように内を向いたり、先端の目玉が私から目を逸らしたりして、私を眺めるのが顔の一つ目だけになったのだ。
 適当に口に出しただけでその目玉たちを別段私は気にしているわけでもないが、これは彼女なりに気を遣った、という事なのだろうか。
 身体だけ見れば人間のような面影もあるので、多少の感情表現は私にも察せる。しかし深
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