ちゅ。
少女が目をつむって男の子にキスをする。
けれども少女の眼は一つだけ。
片方しかないとかではなく、顔の真ん中に巨大な眼が一つ嵌(はま)っているだけだ。
占い師の水晶玉のようにそれは艶やかで、赤い瞳を携えている。
キスをされた男の子は頬を染めながら顔をふりふりと揺らす。溜まった熱で爆発しそうだと言わんばかりに。
「えっちなこと、考えてる?」
男の子はまた頭をぶんぶんと横に振る。
その様子を大きな眼で少女はじろりと眺めながら、
「へへっ、照れてんの。かーわいっ」
ちらりと鋭いぎざっ歯を覗かせた。
男の子は少女と話すようになった馴れ初めを思い出す。
名前は真愛(まい)。
単眼の少女、真愛はその見た目のせいで、どうやってもクラスでは浮いた存在だった。
けれども、彼女の外見については誰も口に出さない。
妙なほど長い黒髪。透き通るように白い肌。そして真っ赤な一つ目。
それでも、『あの子は変わってる』――それ以上の言葉を、だれ一人として口にしない。
あるいは、誰もが口に出せなかったのだろう。
どんな言葉が彼女から返ってくるか、思春期を過ごす中学生たちには想像もつかなくて。
それでもきっかけがあった。
”告白ゲーム”という遊び――。
くじで選ばれた男子が、同じくくじで選んだ誰かに『好きだ』と言って、どんな反応を返すのか皆で見守る。
そのくじに当たったのが少年。対象はもちろん真愛。
少年達も初めは戸惑っていた。
彼女だけは例外で、くじに書かれているはずがないと思っていたから。
しかし誰がそのくじを入れたのか、犯人探しはうやむやのうちに消え去って――、
その結果を少年は遂行しなければならなかった。
真愛に『好きだ』と言うこと。
無垢な中学生の少年にとって、それは耐え難い羞恥にも、とてつもなく危険な行為にも思えた。
「ハナシって、なあに」
少年は体育館の裏手に真愛を呼び出した。
額にも手の中にもびっしょりと汗を掻いた少年は、それでもなんとか言葉を切り出す。
『好きだ』、と。
「……」
真愛はにやり、と大きな口を歪ませる。
「ふーん、へえ。そっか、そっかー」
今にも倒れそうなぐらいに緊張している少年とはうってかわって、その態度はひらりとしている。
喋る所をほとんど見たことがないから、もっと物静かだと少年は思っていた。
けれど実際は、本当によく喋る子で、積極的で。
「――じゃあ、デエトはどこがいっかなあ。
ねえ。
初デートのプラン、決めてくれてるよね?」
そうなる事なんて、初めから全部分かっていたかのように真愛は言った。
少年がとっさに出した答えは、遊園地だった。
その日は真愛に右へ左へ連れ回され、最後のアトラクションに着くころには日が暮れていた。
園内のコーヒーカップに乗って、真愛と少年はぐるぐると廻る。
あたかも白いミルクと黒い珈琲が混ざって、カフェオレになるみたいに――日光に照らされる真愛の黒髪は妖しい色で光っていた。
「フーン、それなりに今日は楽しかったかなー。
ちょーっと観覧車でムードが足りなかったケド、ね」
楽しそうな笑顔のまま、大きな赤い一つ目が少年を睨む。
「……ね。例の”告白”。
あんた、選んでるつもりだった?
でも違うの。
選んでたのは、アタシ。
誰から『好き』って言わせるか、夜もぐっすり寝ないで考えたんだから」
にんまり。
笑みを絶やさずに真愛は続ける。
その表情は小悪魔めいて、ますます妖しくなっていく。
「アタシね、こー見えて……どう見えてるのか知んないけど……恥ずかしがりなの。
『スキ』だなんてそんなの――ダメダメ、できっこないから。
けどだったらさ、言ってもらえばいーハナシだよね?」
じゃあどうして――と少年は問う。
どうして真愛は、彼に決めたのか。
僕が何故選ばれたのか?
「あは、違う違う。
別にあんただけをトクベツ扱いしたんじゃない。
だって、気に入るヤツが見つかるまでずーっとクジで選ばせるつもりだったから。
ケド――」
ほんの少しだけ、真愛がうつむく。
「イチバン最初で決まっちゃうなんて、思ってなかったの」
ちゅ。
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