『大きくなって、きれいになって、いっぱい勉強して。
  それでね、わたしのことをわたしよりも好きになってくれる人を見つけて。
  その人が幸せになってくれるように、ずっと、ずっと愛してあげるの』
 それは、焼け落ちた私の家にひとつだけ残っていた日記の切れ端。
 いくつの時に書いたかはもう覚えていない。 
 お父さんもお母さんも、火事でみんな居なくなってしまった。
 死んでしまった人はみんなお星さまになる――なんて信じてはいなかったけど。
 でもまさかお化けになっちゃうなんて、やっぱりわたしが信じていないコトが起きた。
 嬉しくはないけれど、なんだか悲しくもない。 
 もう誰の言う事も聞かなくていいんだから。
 大きいだけのお屋敷に閉じ込められて、口うるさいおじさんおばさんに囲まれて。
 好きでもない習い事ばっかりのあんな生活、頼まれたって戻らない。
「お母様、どうして私は皆が遊ぶ時間まで使って、皆より勉強しないといけないの?」 
「それは貴方が特別であって、でも特別ではないからよ、フィネリア。
 あなたは王家の血を引く大切な娘であり、その意味では特別です」
「私が特別だというなら、どうして遊ぶのを許してもらえないの?」
「それは、同時に貴方がただの人間でしかないからです。
 たとえ王家の血を引こうとも、どんな地位高き場所に生まれても、それは変わりません。
 特別であって、特別ではないのです」
「じゃあ特別扱いされるのをやめたら、どうなるの?」
「他の誰かがその地位を奪うでしょう。 それは誰もが特別に扱われたいからです。
 貴方が今飢えずに座っていられる事も、豪華な服を着られることも。
 ただ貴方が、我が家に生まれついたから、というだけのことです」
「私は……」
「特別扱いなどいらない、と言うのでしょう、フィネリア?」
「……はい」
「ならば知りなさい。
 貴方の身体が今、一体いくつの亡骸の上で成り立っているのか。
 いくつの”特別ではない”人間達によって成り立っているのか。
 それが王家に生まれた、富める者達の宿命。私は貴方がすべきことを教える、それだけです」
 お母様。
 ――ならばせめてお母様だけは、お母様にとって私が特別な子であると、言ってください。 
 その言葉の返事が怖くて、私は結局何も言えなかった。 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 町外れにある陰気な墓地で、私は誰かも知らない名の書かれた墓石に座ってたたずんでいた。
 そこは私が埋められた場所ではない。
 私の身体は、よく分からないぴかぴかな石で出来た豪華な墓地の中にある。
 私達を埋めるためだけに出来た大きなお墓だ。
 ――私が幽霊になったのだからお父様お母様も幽霊になっていてもいいはずなのに、そうはならなかったようだ。
 そしたら、文句の一つも言ってやれるのに。
「――ああ、たいくつ」
 私の呟いた言葉は他の誰かに、生きている誰かに届けることができるんだろうか?
 身をもう少しだけ屈めて、そばにある石ころを拾う。
 もう私は地面の感触も石の手触りも感じない。全部が同じ触りごこちに感じる。 
「ていっ」
 投げた石は暗闇の中に掻き消え、木に当たって跳ね返り、 
『あいたっ』
 誰かの声を鳴らした。
 木々の向こうで見えないところに誰か人間がいるらしい。 
「なに。 だあれ」
 私は反射的にそう言ったけれど、返事が返ってきた試しはない。生きている時の癖が出ていただけだ。
 でもその言葉の後に、
「もう、なんで石なんか飛んできたんだろ」
 という声。
 その声は私と同じくらいに子供っぽくて、それだけだと男の子か女の子かも分からない。
 にゅっと木から現れたのは、作業着のように薄汚れた、緑のオーバーオールを着た小さな男の子だった。後ろを向いて頭を掻きながら、こっちに気付かず歩いてくる。
「ふんだ。
 どうせ幽霊なんだから、何したっていいでしょ」
 私はその子にもう一回小石を投げてやる。
 でもわざとらしく私が振り被ると、その子はびっくりした顔でささっと木の後ろに隠れた。
 ……隠れた。
「うん?」
 思わず声が出ちゃう。
「ちょっときみ。わたしが見えてるの?」
 振り被った右手を降ろして、私はふわりと浮いて木のほうへ近づく。
 ちょっと間を置いて、怯えた野良猫みたいにのっそり男の子が顔を覗かせ、「え」と小さく言う。
「あー見えてるのね。見えちゃってるわけねあなた」
「あ、あなたは……! えと、もしかして、」
「うん?」
 男の子は私の顔をじろじろ見てくるので、私も見つめ返す。素朴な顔は農家の子供っぽさがよく出ていて、ちょっとだけ土で汚れて
	
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