小屋の中でふたり

 僕の家の近くにあるちょっと高い山を十五分ほど入っていったところ。途中まではちゃんとした山道を通って、そこから先はけもの道を辿って行く。
 するとそこには木で出来た小さな小屋と、小さな穴の開いた洞窟がある。
 初めてここに来た時からその小屋は古っぽくて、中は靴を脱いで上がるようになっているけれど、木の椅子とテーブルぐらいしかない。
 扉には鍵が付いていなかったし、窓も汚れていたので、長い間誰も使っていないような感じだった。
 何の為にある小屋なのかは分からないけれど、この小屋を初めて見たとき、僕はここを秘密の場所にしようと決めた。
 仲の良い子だけにこの場所を教えて、お父さんたちには内緒にしよう。
 自分達だけの、小さな秘密基地にするんだ。
 

 その時、僕は『彼女』がここにいる事なんて、一つも知らなかった。

 次の休みの日、僕はあの小屋をもっと改造しようと色々な物を家から持ち出してきた。お父さんに見つからないようにするのは大変だったけど、何とかばれずに済んだ。
 
 でも入り口の扉を開けて小屋の中に入ろうとした瞬間、

「おい、だれだよオマエ」

 背中から掛けられる、女の子のようなちょっと低い声。
 その声にびっくりして僕が振り向くと、そこには黒い女の子――のような、誰かがいた。
 一目見ただけで、その子が人間じゃないのが分かる。
 まだ上着がないと寒いのに服の一枚も着ていないし、白寄りな灰色の肌と、墨汁みたいに真っ黒な手足をしている。背中からはケーブルみたいな黒いうねうねが何本も伸びているし、お尻のあたりからは尻尾みたいな黒い毛も生えている。
 でも一番驚いたのは、その子の大きな眼。
 顔の真ん中に張り付いた、真っ赤な丸い一つの目だ。

「この場所はアタシのモンだぞ! 勝手に入るなよっ」

 古っぽい木の扉の前に立つ僕を、彼女の目が見つめる。彼女の顔にある一つ目はもちろん、背中から伸びる黒いうねうねの先にも丸い眼が付いていて、僕をじーっと睨んでいるのだ。
 作り物でも見間違いでもない、本物の目玉。
 僕はとっさに声が出せず、口を開けたまま彼女を見ているだけだった。

「……んだよ、何とか言えっての」
 
 むっとした顔で彼女がつかつかと近寄ってきて、僕の胸を右手で小突く。彼女の手は真っ黒だけどしなやかで、柔らかかった。
相手が何なのか分からない怖さと、自分でもよく分からない不思議な気持ちが混ざり合って、なんだか顔も体も熱くなる。
 それにその女の子は服を着ていなくて、裸みたいな格好をしていたから、なんだかとっても恥ずかしい。

「ご、ごめん。誰もいないって思ったから」

 頭を下げながら僕が言うと、僕の右手にあるバケツが揺れて中身が転がって音を立てる。この小屋の中を掃除しようと思って、僕が持ってきたものだ。
 女の子は僕の持っているバケツをひったくって中を覗き、その中身と僕の顔を交互に見る。

「おい、これなんだよ? オマエ、ここで何するつもりだったんだ」
「そ……掃除しよう、と、思って」
「……ふーん。へえー、そーかそーか」

 どもりながら言う僕を、彼女が怪しむ目で睨む。

「じゃ、やってくれよ」
「え?」
「せっかくだ、『掃除してくれる』ってんならしてもらわないと――なァ?」
「う、うん……」

 赤い一つ目がじっと僕を睨むと、このまま「帰る」とは言えない気分になる。きっと彼女は僕にこの小屋を遣わせてくれないだろうけど、それでもなぜか断れる気が起きなかった。
 僕が返事をすると、にやっと彼女が笑って鋭そうな白い歯を見せる。近所に住む大きな犬みたいで、ちょっと怖い口元だった。





「――隅々までキレーにしろよー。
 ちゃーんとできたらココ、使わせてやってもいいぜ。もちろんアタシの家来として」 

 近くにある小川から水を汲んできて、雑巾を絞って小屋の中を拭いていく。
 その間も彼女は僕に近寄ってはからかったり、邪魔したりした。
 黒いうねうねで足を引っ掛けようとしたり、僕をぺしぺしと叩いたり。
 水で濡らした手を僕の背中に突っ込んでびっくりさせたり。 

「ほーら、休んでないでちゃんと働けー!」

 そのせいで、ほとんど何もない小さな小屋なのに結構な時間が掛かってしまった。
 でもこれで見違えるほど綺麗になって、ごろっと寝転がっても汚れないようになった。
 終わった事を彼女に伝えると、

「あんまりキレーじゃないけど、ま、これぐらいで許してやるか。
 ごくろうさん、帰っていいぜ」
「えっ」

 彼女はすっかり埃の取れた椅子にどっかりと座って僕に言った。

「ちょ、ちょっと。掃除が終わったらここに居てもいいって、言ったじゃない」
「んー? なんだよ、まだアタシと一緒にいたいってのかよ?」
「それにこの小屋
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