「ただいまー……」
トーンの下がった声で、僕は自宅のマンションの玄関を開ける。
色々あって、ゲイザーという種族の魔物である彼女と、僕は一緒に住んでいる。魔物と言っても見た目は大体人型で、背中の触手と一つしかない目を覗けば、さほど人間とは変わらないだろう。
ただ彼女の一つ目は、相手を見つめるだけで”暗示”を掛けられるという、凄い力を持っている。
でも魔物とはいっても僕たちに害をなすわけではなく、むしろ人間達の良いパートナーだ。
僕が思っていたより魔物という存在は認知されているらしく、僕の住む街はひっそりと魔物娘達で囲われつつあると言う事らしい。
けどニュースや新聞でそれが記事になる事はない。
それだけ魔物娘達は慎重かつ着実に、この世界に浸透するつもりでいるのだろう。
……まあ、それよりも今は彼女のコトだ。
彼女は怒っているだろうか。いや、怒ってるだろう。電話すらしてないんだから。
まさかお客様への対応で時間が掛かって、しかも携帯の充電も切れて連絡も出来なくなるなんて。
……ダイニングの電気が点いてる。やっぱり起きて待ってくれてたんだ。
ということは料理まで作ってくれていたんだろう、最近はたまに作ってくれるようになったから。
そうなると、尚更顔を合わせるのが気まずいな……。
椅子の動く音がして、ダイニングに続く扉が開く。
彼女の姿がさっと現れ、僕の姿を見ると勢いよく飛んできた。魔物なので本当に宙を飛んで来る。
エプロンを着けたままの彼女の姿を見れば、やっぱり待っててくれたんだ、と思う。
「ほんとに……もう、遅いっての!」
「ごめんごめん、仕事が長引いて、ケータイも充電切れちゃって……」
「言い訳はいい! ったく、」
腕を組んで怒った態度のまま彼女は僕に背を向けてダイニングに戻っていく。
僕も靴を脱いで玄関に上がると、背中を向けたままぽつりと彼女が呟いた。
「……ほんとに心配したんだからな」
何か言う暇もなく、ダイニングの扉が閉まる。
僕はひとまず、スーツの上着とネクタイだけタンスへ戻しに行った。
ダイニングに入るとずらっと料理が目に入り、焼いた鶏肉の匂いとかぼちゃのような匂いがした。
テーブルには鶏肉のソテーにレタスのサラダが並んでいる。
思わずお腹が鳴って、そういえば昼から何も口にしていない事を思い出す。
そして盛り付けられた料理を見れば、彼女もその料理には一切手を付けていないのが分かった。
「食べないで待っててくれたんだ」
「ったり前だろ」
そう言いながら彼女はトースターのスイッチを入れてパンを焼き始め、それからスープを温めなおしていた。
作業する彼女を横目に見ながら僕は席に着く。
彼女もすぐにキッチンから戻ってきて、僕の前に座った。
「ごめん。せっかく作ってくれたのに」
「……ふんっ。先に食べちまえばよかったよ」
もう一度謝ってみるけれど、やっぱりそう簡単には機嫌を直してくれそうにない。
しょうがない、ご飯の後に渡す予定だったけど……。
僕は立ち上がってダイニングを出て、寝室に置いておいた鞄からラッピングされた箱を取り出した。
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