出来心からの怪しげな儀式が、本当に魔物を呼び寄せてしまった。
深夜を迎え、静まり返った家の中で俺は黙々と準備をする。
資源ごみに出す予定だった古いテーブルクロスを床に敷いて、近くの廃工場から拝借したペンキ缶で魔方陣を描く。
それから、儀式用として実家の倉庫から持ってきた銀の皿を用意し、そこに自分の血を入れる。9滴でいいという事なので、指をカッターで切る程度にしておいたが思ったより痛かった。
そして密室を作り、皿に溜めた血を魔法陣に垂らせば儀式が完成するそうだ。
俺はアパートの戸締りを確認して、布へ赤い滴を垂らす。
次の瞬間。
魔法陣から出る白いもやのような物が現れ、俺の部屋の中はあっという間に真っ白になり、何も見えなくなる。
あまりに突然すぎて驚く暇もなかったが、しかし、次の一瞬でその霧が晴れた。
そして魔法陣の上に、名状しがたい姿が浮かび上がる。
長い黒髪と体形だけは俺達と同じ人間のように見える。
しかし、シルクの布のような白い地肌に、背中から伸びる暗闇のように黒い尻尾と触手。その触手の先に付いた真っ赤な目玉。
顔には、大きなまぶたが一つだけ。
一つ目だ。
これまで本や絵でしか見たことのない、禍々しい異形の姿。
「……」
それはまさしく『魔物』としか言えないような風貌で、
「……すぅ」
大きなクマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、子供のようにぐっすりと寝ていた。
高校に入ってから、俺の神秘学に対する探究心にはますます火が付いていた。
神秘の探究に必要な収集品を集めるのも、今までは局留めにしてこっそりネットで注文したり、友人に頼んでもらったりとせせこましい事をしていたが、一人暮らしになったことで親の目を気にする必要がなくなった。
そして今日初めて、俺は一つの壁を越えようとしていた。
異形召喚の儀式。
始まりは一冊の本だった。
以前探索した廃墟ビルの中で、俺はある怪しい本を見つけた。タイトルも著名もなく、真っ黒だ。
しかし他の物は埃や塵で汚れているのに、その本だけはまるで新品のように真新しいまま、薄汚れた机の上に置かれていた。
オカルト用グッズとは違った雰囲気を持つそれを『本物』だと俺は信じて疑わず、その中身を読み解いていった。
本で使われている言語さえ分からなかったが、所々の余白には訳文と思われるたどたどしい日本語が薄く鉛筆で書いてあって、概要は理解できた。
本の中には、写真のように精密で鮮やかに色付けされた魔物の絵と、その絵の魔物の名前らしきものが書いてあった。
その魔物の名は、『ゲイザー/Gazer』という。
そして、どうすれば呼び出すことができるか、ということまで書かれていた。
一見して魔物の絵は現実に存在する生物の姿ではない。
人のような体型をしているが、不気味なほどクセの付いた長い黒髪と、肌はシルク布のように白く、黒いゲルのような物が身体の所々に張り付いていて、しかも背中からは真っ黒い触手と尻尾のような黒い毛が生えている。
神話に出てくる異形の魔物達と比べれば恐ろしい姿ではないが、しかし人間ではないのも事実だ。
この魔物を呼び出せれば、宇宙の神秘に近づけるだろうか。
そう考えていた俺は、その本の真偽を疑う事すらしなかった。
そして今、事実として、その魔物は魔法陣の上で寝そべっている。
寝ている姿はやはり人間の、それも女の子のようで、思っていたよりも身体が小さい。俺の実家には小学三年生の妹がいるがそれぐらいの体格に見える。
ぎゅっと抱きしめたクマのぬいぐるみは彼女と同じくらいの大きさで、抱き枕として最適なサイズのようだ。
「んん……」
魔物……いや彼女の手足がもぞもぞと動く。寝ている場所の違和感に気付いたのか、少しだけその一つ目を開けた。
数秒ほど俺と目が合って、とても大きな瞼で何度か瞬きをする。
着ぐるみやCGのような作り物ではない生々しさがそこにあった。
「……。 え、……え?」
寝起きでぼんやりとした彼女の表情が少しずつ驚きに変わっていく。
少女にしては低めの声だが、おとなしい印象の声と言ったほうが正しいかもしれない。
「に、ニンゲン? なんで……ここ、どこ……?」
抱きしめたクマのぬいぐるみはそのままに、少女は俺の部屋の中を見渡す。まるで子供みたいにおどおどしていて、本で感じた超然とした雰囲気はどこにも感じられない。
もしかすると、俺が呼び出したのは魔物の中でも子供ということなのか?
「お前が……ゲイザー、か?」
「う、あっ、えっ、」
俺が声を掛けると、後ろから近づかれた猫みたいに少女が体を跳ねあげる。顔を隠そうとするかのようにクマのぬいぐるみの背中に顔
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