僕は子供の頃から、他人の心の中がよく見えた。
昔から僕には人の目をじっと見る癖があって、そうしていると相手の思っている事や考えている事が分かってしまう。
人によって差はあるけれど、どんなに感情の少ない人でもなんとなくは分かる。けれど何でもわかる、というわけではないので、超能力や魔法のようにすごい力ではない。
子供の頃の僕はみんながそれを出来ると思い込んでいて、誰かが本心と違う事を言うたびに首を傾げていた。
僕が初めてそれを誰かに言ったのはたしか幼稚園の頃だった。
裕二くんと真樹ちゃんという子がいて、彼女は率直に「ゆうじくんは、わたしのこと、すきなのかな」と聞いてきた。
「ゆうじくんはまきちゃんより、みなみちゃんのほうがすきなんだよ」
そう言った僕に対して真樹ちゃんはとても怒り、3日ほど遊んでくれなくなった。
小学校に上がってからも、じっと人の目を見るという僕の癖は抜けなかった。
先生が次に誰を当てるのか分かったり、いい事も少しはあったけれど、それよりも嫌な事の方が多かった。
誰が誰を嫌っているとか、どの子が気に入らないとか、胸の悪くなるような感情ばかりが目に付いて伝わってきてしまうのだ。
誰が誰をいじめようとしているのか、嫌っているのか、はっきりと分かってしまう。
そして僕にはそれを止める勇気もなく、見て見ぬフリをすることしかできない。
けれど目をちらりとでも見るたびに、その子達の苦しい気持ちが頭の中に入ってきて、胸の中が痛んで、煙を吸ったみたいに息が苦しくなる。
次第に僕は人と目を合わさなくなった。
少しずつ嘘をつくのも上手くなって、目を見て分かる人の気持ちを、あえて見なくなっていた。
僕が小学生になって何年か経ったあと。
帰るのが嫌になるくらい、僕の家の中は暗い空気だった。
お父さんとお母さんは家の中でほとんど話さなくなっていて、二人とも避け合っているのが目を見なくても分かる。
その日、お酒を飲んでいたお父さんが、お母さんの頬を思い切り叩いたのを僕は見ていた。
部屋の外からそれを覗いていた僕はベッドに戻って、膝を抱えてうずくまる。
何時間か経ってから、暗くなった部屋にお母さんが入ってきて、何もなかったかのように僕に寝るように促す。
その時僕はお母さんの目を見た。
そして分かったことをそのまま、口にしてしまった。
「お父さんもお母さんも、ぼくが欲しくなかったんだね」
ほんの少しだけ、お母さんは動きを止めた。
そのまま何も言わずにベッドの上で僕を抱きしめて、「ごめんね」と言った。
もしかしたら、お母さんは分かっていたのかもしれない。
目を見れば僕が心の中を読めてしまう事を。
だから、お母さんは何も言わずに、ごまかそうとした。
それから、お父さんと僕が会う事は二度と無くなって、もうその話をすることも無くなった。
けれどお母さんは僕に対して距離を取ったままで、生活に必要なことだけを話す日々が続いた。
もうお母さんは僕の目を見なくなった。
僕もお母さんの目を見なかった。
あの日の夜、お母さんの目が記憶に残ったまま、僕の中で鉛のように固まっていた。
そうして、僕は誰の目を見るのも避けるようになった。
動物の目や、写真に映る人の目は気にならないのに、実際に会って見る人間の目は僕にとってどこか気味悪くさえ感じる。少し目を合わせるだけで、見たくない何かが見えそうになる。
他人の気持ちが分かっても、得になる事なんかほとんどない。
僕はずっとそう思い続けたまま、年を重ねて大人になり、一人で暮らすようになった。
季節が冬めいてきて上着を手放せなくなった頃のこと。
その頃の僕はなけなしのお金で買った車でのドライブと廃墟巡りが趣味になっていて、休日にある廃墟へ向かった。
人の手から離れ自然と調和する建物達はこれ以上なく神秘的であり、現代におけるファンタジーのような存在であると思う。そこには幽霊が出ても化物が出てもおかしくない、超然とした雰囲気がある。
そういうわけで、僕は事前に調べた有名な廃ホテルの中を歩いていた。
その二階にある、おそらくツインの客室の中に僕は足を踏み入れる。
すると。
ボロボロで落ちてしまいそうなカーテンの掛かった窓の下、薄汚れた壁に寄りかかって、何かがそこに座っていた。
作り物のオブジェに見えたそれが何なのか理解できず、僕は幻を見ているんだと思った。
そこに居たのは白と黒の混ざった、アンバランスな少女の形をした何かだったのだから。
人形か何かだと思った僕の考えを否定するかのように、『それ』は僅かに首をもたげて、部屋に入ってきた僕を見た。
そして、『それ』と目が合った。
フォルム
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