年の暮れも越えて、豆をまく節句になる頃、だったと思う。
きっかけは至極つまらないことで、それはオカルト関係を取り扱う胡散くさいブログの記事だった。
その投稿者いわく、『魔物が住む島』が日本の離島にあるのだ、と。
冗談交じりに記事を読んでいると、多少伏せられてはいたが記事で出てきた地名に覚えがあった。
投稿者が道中で撮ったという写真からして見覚えがあったし、もう少し読み解くと、その島というのがここから車で行けるぐらいの場所だとも分かった。
――にしても『魔物』とは、なんてアバウトな表現だろう。
それでもなけなしの好奇心をくすぐられた僕は、長い休みが取れた時期ということもあって、その場所へ行ってみようと模索した。
たまには細かい予定など立てず、ぶらぶらと出歩いてみたくなった、ということだ。
『魔物が住む島』には、ちゃんと船も出ている――と投稿者は書いていた。
しかし、そんな地名の入った便はどのホームページに記載されていなかったし、検索しても出てこない。
なのでまず僕は現地へ向かい、地元にあった地図を見たり、近くに住む人に聞いて、存在する場所かどうかを確かめてみた。
その結果、どうやら投稿者の述べた地名は旧名らしく、今は違う呼ばれ方をしているそうだ。
その名前は、『慧鎖島』。
こっちの地名では地元の地図(それでも少し古いものだ)に記載されていたが、手持ちの携帯電話で検索してみても、ほとんど情報は出ない。
元々小さな島だからな、と思いながら、フェリー乗り場まで僕は足を運び、そこで話を聞いてみることにした。
数えるほどしか客の来ない閑散とした乗船券売り場は静かで、受付の女性も暇そうにしている。誰もいないと思ったのか、大きなあくびをしていたところで僕に気付いて、恥ずかしそうに下を向いていた。
にしてもこの片田舎で、こんな若くて綺麗な受付さんが働いているなんて珍しい。
「すいません、慧鎖(けいさ)島、っていう所に行きたいんですが……。
そちらに行く船とか、この辺にありますか?」
「あ、はい……えっと、慧鎖……ですか? あー……その、少々お待ちください。
確認してみます」
「? 分かりました」
受付は奥に引っ込むと、どこかに電話を掛けている。
定期船が出ているとは思えないので、確認でもとっているのだろうか。
「失礼しました。……えっと、慧鎖島ですけど。
申し訳ありませんが、こちらの場所からは便が出てませんね」
「うーん、そうですか……」
「ただ、最寄りの発着場をお伝えする事はできますけども……」
「本当ですか? それって、ここからどれくらい掛かります?」
「そうですねえ、歩いて十分、くらいでしょうか」
「じゃあ、そちらまでの道を教えていただけますか」
「ええ、かしこまりました」
受付さんの話と、投稿者の写真を頼りに船着き場らしき所まで来たものの、進めば進むほど人の気配は薄れていく。
さっきの乗船券売り場よりもさらに、だ。
教えられたとおりに歩いて行くと、海沿いに白い小さな小屋があり、そこから突き出た桟橋に十人乗りぐらいの船が泊まっていた。
小屋と桟橋にはあまり古めかしさがない。つい最近できたものなのか、何度も建て替えられているのか。
ともかくこの小屋は、乗船券の券売所らしかった。ぱっと見では気づかなかったが、看板らしきものに『船着き所』と書いてある。
入口はどこだろうと小屋に近づいてみると、覗き窓――というよりは穴のような――僕の手が入るか入らないかぐらいの小さなそれに気づいた。
するとそこから、
「中に、入って、ください」
抑揚のない、密やかな声が聞こえた。
その小さな窓からは小屋の中にいる人の口元しか見えないけれど、繊細そうな響きからして、それは女性の声だと分かる。
言われるまま、僕は小屋の入口を探して、そのドアをぎい、と開けた。
小屋の中は驚くほど暗く、どんよりと湿った感じがした。電気は付いておらず、明かりの一つもない。覗き窓の向かいにはガラスの窓があったが、大きなシェードが被さっている。
覗き窓から零れるほんの僅かな明かりに照らされて、真っ黒い服を着た女性がいた。僕の方に足を向けて、椅子らしい何かに座っている。
「失礼……しました。窓を、すぐ、開けますので」
すっ、と女性が立つと、日光に照らされた埃が舞った。
窓の横に垂れ下がる紐を握ったところで、女性は動きを止めて僕を見た、ような気がする。何しろ暗いので、よく分からない。
「……一応、お伺いしますが、」
僕は彼女の方を見て目を合わせようとしたけれど、顔はよく見えなかった。なのに、ぞくり、と鳥肌が立つような、寒気が走った。
なんだろう。何かが、おかしいような気がし
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