「お盆っていっても……本当にいいの?」
「うー」
道路を行き交う自動車や、賑やかな街から離れた見晴らしのいい丘にある墓地。
厳かな大理石と、さりげない装飾の付いた墓石の並ぶ中、その一つの手前で立ち止まる。
そこに綴られているのは『彼女の名前』だ。
「自分の入ってたお墓を見るなんて、いい気分じゃないでしょ」
「うう?」
そうだった、と僕は思い出す。
彼女は”ゾンビ”なので、精が足りていない状態だと意思疎通はなかなか難しい。
周りに人がいないことを入念に確かめてから、僕はそっと彼女に口づけをする。
ひんやりと冷たく、しかし骸のような無機質さを感じさせない唇は、少しずつ瑞々しさを持ち始めた。
「……う、ぁ……んふ、だいたん、に……なったよね、きみも……」
「人がいなくてよかったよ」
僕がそう言うと、彼女は悪戯っ子っぽく微笑んだ。
「それで、なんでお墓を見に行こうなんて?」
「……うん、」
少しうつむいて、どこかを見つめながら彼女は口を開く。
「わたしが生きてたこと、それから、死んじゃったことは……生きかえっても、なかったことにならないんだなって」
「……」
「死ぬのって、とくべつなことだと思ってた。
それをこえたら、何もかも、ゆるされる気がした。
……ううん、少し前まで、魔物さんが見つかるまではきっとそうだったけど、今はちがう」
たどたどしい喋り方は、元の彼女に戻っていくように見えたり、またとぎれとぎれの調子になったり。
「わたし……まだ、つらい。わたしが、まだわたしでいる、ことが」
彼女の首に残ったままの、大きな痛々しい絞め跡を、彼女自身が指でなぞる。
魔物娘、そしてゾンビとなっただけでは、生前の傷は完治しない。
「おかしいよね……あなたは、わたしのこと、好きって、いってくれてた、のに。
今でも、くれる、のに」
彼女の場合、ただひたすらに精を蓄えても、それだけでは効果が薄いと主治医さんが言っていた。
だから今の彼女の傷跡でもっとも根が深いモノは身体ではない。
そうなるに至った心の傷、トラウマ。
それに気づいてあげられずに、僕は傷ついていた彼女を、助けることもできずに。
「ね……そんなかなしいカオ、しないで」
「……無理だよ」
「わたしのせい、なんだから。このきずは……わたしが、かってにやったこと、なんだよ」
「……」
「きっとわたしは、あなたを、信じられてなかった。
メイワクでもいいから、あなたにたよろうって、おもえなかった。
……こうやって、あなたは、きてくれたのに」
彼女のひやっとした指が僕の頬に触れて、自分が泣いていることにようやく気づいた。
情けない表情のまま彼女の方を向く。
彼女は泣いていない。
また精が欠けはじめたらしい今の彼女では、言葉が途切れがちになる。泣き出すほどの感情表現も出来ないのかもしれない。
それでも、
「だから、くやしい。
だからわたしは――わたしのこと、ゆるせない、ままでっ」
血が垂れるほどに強く噛み締められた、彼女の唇は見逃せなかった。
「……だめだ、落ち着いて……考えすぎちゃダメだよ」
「じゃない、よ……たまには、こうしな、と、だめ」
「何を……」
「わたしが、したことの、いみ……おもい、ださな、と……だめ、なの」
僕の視線で異変に気づいたらしい彼女は、口を袖で拭いながらこくりとうなずく。
「一つだけ、約束してくれないか」
「……ん、あ」
呂律の怪しくなった彼女を見るに、もうそろそろ僕の言葉もうまく理解できなくなっているのだろうか。
でも恐らくはその方が良かった。
僕の想いでさえ彼女を追いこんでしまうのなら、理性の薄れた魔物でいたほうが救われるのかもしれないから。
「またこれから、一緒に居られるとしても、もう亡くなることは二度となくても。
ぼくを頼って、頼り続けて、永遠に迷惑を掛けてほしい。掛け続けてほしい。
あんなふうに君に裏切られるのより、ずっと、ずっと……そっちのほうがいい」
「あう……う、」
彼女の肩をぐっと掴んでいると、不安そうに彼女が僕を見つめてくる。
それでも動きの鈍い手と指が、また僕の頬をそっと撫でた。
「うあ……あー」
彼女は僕の口元の左右に指を当てて、皮膚をむにむにと引っ張る。
「えあお……らよー」
子供のように純粋に、彼女は微笑んで。
かなしいカオをしないで――と言った、彼女の言葉を思い出した。
「……そうだよね、ごめん。
君を笑顔にするなら……僕が先に笑ってないと、だ」
まだ一人だとよろよろしがちな彼女の手を取り、二人で並んで歩く。
どこにいても、またここに来ても、彼女が笑顔でいられるようにと願いながら。
――――――
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