リビングドールは佇んで

「中古品が計五点セットで、今やってるキャンペーンの価格で、六〇〇〇円になりまーす」

 茶髪の若い女店員に丁度の金額を渡し、レシートともに人形やぬいぐるみの入ったレジ袋を俺は受け取る。

「あざっしたー」

 店員に愛想を求めているわけではないが、この店は業務中に他の店員とどうでもいいことを大声でよく喋っていた。
 まあ大型チェーンとはいえ、アルバイターだらけの店で買取をウリにしているらしいリサイクルショップなどそんなモノだろう。







 俺は車で自宅の単身者用マンションに戻り、乱雑に靴や上着を脱いでからいつもの作業を始める。

「やれやれ、本当に無遠慮な奴らだ」

 俺はひとりごちた後、シール剥がしの薬を、少しだけ剥がしたシールと箱の両方に塗る。それから少し剥がしまた薬品を塗る。剥がす。
 丁寧に時間を掛けることで、シールの跡や値札の跡を出来るかぎり残さないようにする。

「やっぱりこれが最適……かな」

 人形やぬいぐるみを粗末に扱う者は誰だろうと嫌いだ。
 だがその中でも、彼らに、彼女たちに無遠慮に貼られる値札が一番嫌いだった。
 他者の価値を決めつけるような傲慢さ。ただ流行や大多数からの人気だけで価値を解釈する身勝手さ。人間を避けたがる俺にとっては十分過ぎる理由だった。
 俺はまさしくレッテルであるその値札を、丁寧に、決して跡が残ったりしないように剥がす。
 時間を掛けてその作業を終わらせ、彼らの状態を改めてチェックしていく。

「このフィギュアは日焼け……だが、これだと今の俺じゃ無理だろうな」

 手先は器用でも不器用でもないが、修繕と呼べるほどの技術は俺にはなかった。
 たとえば日焼けには塗装が必要だが、その為のまともな道具を俺は所持していない。せいぜい黄ばみを落とすのに中性洗剤を使う程度の、素人レベルな手直しや軽い手入れが出来るくらいだ。
 本来ならその手の知識や技術も習いたいところだが、仕事に追われていると中々そうもいかない。
 それに今では何より、『あの子』への意識が薄れてしまう可能性が怖くて。

「ふう……やれるだけはやれた、そろそろ持っていこう」





 さっき買ってきたフィギュアと、一時家に置いていた他の人形やぬいぐるみたちを俺は車に積み込む。
 家からすぐ近場にあるレンタルボックス、つまり個人用の貸し倉庫に飾るためだ。
 ここに住み始めたのは半年前だが、そういった点を満たすちょうどいい物件があったのは僥倖だった。
 レンタルボックスの扉を開け、電気を付ける。

「そろそろ全員の点検をしなおす時期か……この分だと新しい貸し倉庫も考えておかないとな」

 四畳のスペースにある無機質な壁と棚の中、虫除けやカビのないように置かれたカバーや乾燥材に、ずらりと並んだ人形、フィギュア、ぬいぐるみたち。
 点検はまた今度だが、一応ざっと全員の様子を一瞥しておく。
 俺にコレクターの気があるつもりはないし、金を余らせた富豪でもないので、気に入った者だけを集めていたつもりだったのにいつの間にかこんな量になっていた。
 できれば全員家に飾ってやりたいが、なぜかそれは躊躇ってしまう。
 多少は家にも置いてあるし、まだ置くスペースもないわけではないのに、何故か。

「……あ、そうだ。頼んでた彼女の服、取りに行かないとな」

 スケジュールには入れていたものの、うっかり予定を忘れかけていた俺は、彼らを並び終えた後にまた車を回していく。






「ただいま」

 専門店で注文していた『あの子』のためのドール用の衣装を受け取り、新しいアクセサリーの物見もそこそこにして自宅へ帰ってきた。
 もちろん、ただいまなんて言っても独り身で住む俺に返事などあるわけがない。
 今は。

「着替えは……夕飯とシャワーが終わってからのほうがいいな」

 家事や身の回りの事を済ませ終える頃には、もう夜の九時になっていた。
 俺の食事の質や外見などは最低限の水準があればいい。だが、『あの子』や他のぬいぐるみ達の事を鑑みると、部屋や自分自身の清潔さにはどうしても気を遣ってしまう。
 特に彼女の着替え前となると、普段の自分の汚れや臭いなど寸分も残したくない。

「さて、と。そろそろいいか」

 いつものように一人掛けのソファに座った『あの子』をそっと抱き上げ、目を合わせる。
 部屋の明かりに照らされて煌めく、綺麗としか言いようのない銀色の長い髪に、薄紫の瞳。
 俺を見ているはずなどないのに、見てくれている。
 誰が聞いても矛盾に聞こえるだろうが、俺にとってはそうだ、としか言えない。

「今回の服は、ヴィクトリアン調のメイドドレスだ。
 あんまりデザインに凝るべきモノでもないが、前から欲しいって言ってたからな」

 仕立ててもらった服を取り出し
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