『化け物め。お前があいつをたぶらかしたんだな』
おい、あたしはあいつに暗示なんか掛けてないぞ。
『嘘をつけ。お前みたいな魔物、魔法も無しに誰が好きになるっていうんだ』
そんなの、あたしが知るかよ。あいつが物好きだったんだろ。
『お前のせいであいつが、あいつの友人が、家族が、泣くハメになるんだ』
ああそうかい。だったらなんだって言うんだよ。
『お前があいつを騙したせいだ』
――だから、あいつには暗示なんか掛けてないって言ってるだろ。
『オマエがいなければ、こんな事になんか』
うるさい。
『どうせ会ったニンゲンみんな、オマエの魔法で懐柔してきたんだろ?』
違う。
『お前がもらう好意なんて、全部ニセモノだ』
……違う。
『全部作り物だ。オマエをホントに好きになる奴なんか、どこにもいない』
……そんなの、分かんないじゃないか。
『どうかな。確かめる勇気もないんだろ、オマエには』
……オマエ、どうしてあたしのこと、そんなに分かんだよ。
『ばぁか。他人を騙してるオマエ自身が騙されるなんてな、大笑いだ』
あたし、自身?
『あたしは、オマエだ』
オマエが、あたし?
『もういい、臆病モンのオマエは引っ込んでろ』
――そんなの嫌だ。あたしはあいつを信じてるんだ。
『黙れよ。
散々ニンゲンを騙してたくせに、いまさら一丁前に好かれたいなんて。
オマエはムシが良すぎるんだよ』
違う。ホントにあたしは、暗示なんか掛けてない。
『そんなの誰が信じるんだ?
散々他人を騙しといて、いまさら私を信じてください、ってか?』
あいつは、あたしのコトを、本当に。
『どっちだっていいじゃねえか。オマエ一人がウソつきになれば、全部丸く収まるんだよ』
あたし、ウソなんか……付いてない。
『なあ』
……あいつの言葉はウソじゃなかった。ホントに、あたしを、
『だからさあ――もうオマエは黙ってろって言ってんだよ!』
――――――――――――――――――――――――――――――
「――カナメ。もう回りくどいのはヤメだ」
カナメのアパートで静かに『ぱそこん』を触っていたカナメに、あたしは言ってやった。
この部屋は、ベッド以外には本棚と『ぱそこん』に『てれび』ぐらいしかない。
暇つぶしの『でぃーえす』も、煮詰まってしまって今はやる気が無い。
かといって、あたしは魔物だから大っぴらに外を出歩くわけにもいかない。
だから――というわけでもないけど、前から思ってたことを実行に移そうと思った。
あたしは色々なニンゲンに暗示を掛けてきたけど、コイツにはまだ一度も暗示を掛けてない。
元からあたしには嫌悪感を持ってなかったみたいだけど、だからこそ。
「あたしを好きになれ」と言ったらどうなるだろう。
「今ちょっと忙しいから後でね、レティナ」
いつものちょっかいだと思ったのか『ぱそこん』の画面から視線も外さず、カナメは軽く流す。
仮にも上級魔物と恐れられるあたしに向かってなんて言い草だ。
ま、それは『元の世界』での話だけど。
「おい、カナメ。ちょっとこっち見てみなよ」
ちょっと間をおいて、カナメの座った椅子が回り、あたしの赤い一つ目をカナメが見る。
あたしとカナメの視線が絡み合ったそこに、容赦なくあたしは暗示の魔法を流し込む。
よし、最初からクライマックスだ。
『単眼は可愛い』
『特に目の前にいるレティナという単眼の女の子が、可愛くて仕方がない』
『レティナの好きなようにされたい』
『レティナに犯されたい』
これだけ掛ければ、ただのニンゲンのあいつにはもう抗えない。
あたしの刷り込んだ暗示が多い分、カナメはぽーっとした顔をしている。
一度に多くの暗示を掛けると飲み込むのに時間が掛かるらしく、大体のニンゲンは少しの間こうなってしまう。
ぼんやりした顔が少しずつ元に戻っていき、カナメは椅子から立つ。
そして、あたしに優しくキスをした。
「……んっ、」
舌を絡めることもない、ただそっと唇を重ねるだけのキス。
これはあたしがカナメに掛けた暗示の中でも、一番強いモノが『レティナに犯されたい』だからだ。
カナメの方からは、あたしに対して愛撫以上のコトをしたい気分にはならない。
あたしのチカラは『暗示』であって、洗脳ではないのが重要なトコロだ。
意識はハッキリ残っているし、操られているなんて感覚はどこにもない。
恥ずかしいって気持ちも残ってるけど、あたしの言葉はすんなり受け入れてしまう。
もっとも、その後の行動までカンペキには予測できないけど――まあ、その辺をあたしにとって都合よくできてしまうのが、あたしのスゴイところだ。
顔を一度離して、あたしはカナメの目を見つめる。
「カナメ。あたしに、犯されたい?」
「お……犯さ
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