4 一つ目の魔法

『化け物め。お前があいつをたぶらかしたんだな』

おい、あたしはあいつに暗示なんか掛けてないぞ。

『嘘をつけ。お前みたいな魔物、魔法も無しに誰が好きになるっていうんだ』

そんなの、あたしが知るかよ。あいつが物好きだったんだろ。

『お前のせいであいつが、あいつの友人が、家族が、泣くハメになるんだ』

ああそうかい。だったらなんだって言うんだよ。

『お前があいつを騙したせいだ』

――だから、あいつには暗示なんか掛けてないって言ってるだろ。

『オマエがいなければ、こんな事になんか』

うるさい。

『どうせ会ったニンゲンみんな、オマエの魔法で懐柔してきたんだろ?』

違う。

『お前がもらう好意なんて、全部ニセモノだ』

……違う。

『全部作り物だ。オマエをホントに好きになる奴なんか、どこにもいない』

……そんなの、分かんないじゃないか。

『どうかな。確かめる勇気もないんだろ、オマエには』

……オマエ、どうしてあたしのこと、そんなに分かんだよ。

『ばぁか。他人を騙してるオマエ自身が騙されるなんてな、大笑いだ』

あたし、自身?

『あたしは、オマエだ』

オマエが、あたし?

『もういい、臆病モンのオマエは引っ込んでろ』

――そんなの嫌だ。あたしはあいつを信じてるんだ。

『黙れよ。
 散々ニンゲンを騙してたくせに、いまさら一丁前に好かれたいなんて。
 オマエはムシが良すぎるんだよ』

違う。ホントにあたしは、暗示なんか掛けてない。

『そんなの誰が信じるんだ?
 散々他人を騙しといて、いまさら私を信じてください、ってか?』

あいつは、あたしのコトを、本当に。

『どっちだっていいじゃねえか。オマエ一人がウソつきになれば、全部丸く収まるんだよ』

あたし、ウソなんか……付いてない。

『なあ』

……あいつの言葉はウソじゃなかった。ホントに、あたしを、

『だからさあ――もうオマエは黙ってろって言ってんだよ!』


――――――――――――――――――――――――――――――


「――カナメ。もう回りくどいのはヤメだ」

カナメのアパートで静かに『ぱそこん』を触っていたカナメに、あたしは言ってやった。
この部屋は、ベッド以外には本棚と『ぱそこん』に『てれび』ぐらいしかない。
暇つぶしの『でぃーえす』も、煮詰まってしまって今はやる気が無い。
かといって、あたしは魔物だから大っぴらに外を出歩くわけにもいかない。
だから――というわけでもないけど、前から思ってたことを実行に移そうと思った。

あたしは色々なニンゲンに暗示を掛けてきたけど、コイツにはまだ一度も暗示を掛けてない。
元からあたしには嫌悪感を持ってなかったみたいだけど、だからこそ。
「あたしを好きになれ」と言ったらどうなるだろう。

「今ちょっと忙しいから後でね、レティナ」

いつものちょっかいだと思ったのか『ぱそこん』の画面から視線も外さず、カナメは軽く流す。
仮にも上級魔物と恐れられるあたしに向かってなんて言い草だ。
ま、それは『元の世界』での話だけど。

「おい、カナメ。ちょっとこっち見てみなよ」

ちょっと間をおいて、カナメの座った椅子が回り、あたしの赤い一つ目をカナメが見る。
あたしとカナメの視線が絡み合ったそこに、容赦なくあたしは暗示の魔法を流し込む。
よし、最初からクライマックスだ。

『単眼は可愛い』
『特に目の前にいるレティナという単眼の女の子が、可愛くて仕方がない』
『レティナの好きなようにされたい』
『レティナに犯されたい』

これだけ掛ければ、ただのニンゲンのあいつにはもう抗えない。
あたしの刷り込んだ暗示が多い分、カナメはぽーっとした顔をしている。
一度に多くの暗示を掛けると飲み込むのに時間が掛かるらしく、大体のニンゲンは少しの間こうなってしまう。
ぼんやりした顔が少しずつ元に戻っていき、カナメは椅子から立つ。
そして、あたしに優しくキスをした。

「……んっ、」

舌を絡めることもない、ただそっと唇を重ねるだけのキス。
これはあたしがカナメに掛けた暗示の中でも、一番強いモノが『レティナに犯されたい』だからだ。
カナメの方からは、あたしに対して愛撫以上のコトをしたい気分にはならない。
あたしのチカラは『暗示』であって、洗脳ではないのが重要なトコロだ。
意識はハッキリ残っているし、操られているなんて感覚はどこにもない。
恥ずかしいって気持ちも残ってるけど、あたしの言葉はすんなり受け入れてしまう。
もっとも、その後の行動までカンペキには予測できないけど――まあ、その辺をあたしにとって都合よくできてしまうのが、あたしのスゴイところだ。
顔を一度離して、あたしはカナメの目を見つめる。

「カナメ。あたしに、犯されたい?」
「お……犯さ
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