雪山をなめていた。
端的に言ってしまえばそれまでだが短い言葉とは裏腹に脳内では後悔の念が渦巻いていた。
(寒い…)
男はほんの出来心で雪山に行くことを決めた過去の自分を恨んでさえいた。
(クソっなんで俺はこんな所登ろうとしちまったんだ)
思い立ったが吉日とばかりに男の用意は十分とは言い難く、
(寒いし腹も減ってきた…手足も段々かじかんできやがる)
何よりも彼を焦らせるのは、
(なんなんだこの天気は…吹雪もひでえが氷柱まで降ってきやがる…)
空から氷柱が降ってくるという異常であった。
氷柱は雪が降り始めると同時にまるで男を山奥へと追い立てるように降り始めたのだった。
(もう歩くのでやっとだ…)
(こんなところで俺は死んじまうのか)
(寒い…)
氷柱が男を傷つけるたびに男は痛みではなく寂しさを感じた。
(こんなところで)
(ひとりで)
(孤独に)
(死ぬ)
男はついに足を止め、うずくまってしまう。
そんな男に容赦なく雪と氷柱が降る。
(寂しい…)
極限の状況、精神。心までも凍り付きそうな状態だからだろうか
「大丈夫ですか?」
異様な外見であった。
「立てますか?」
目から生えているかのような氷柱。
雪か幽霊のような白い肌。
雪山にそぐわぬ妖艶な出で立ち。
「肩をお貸しします。近くに家があるのでそこで休みましょう。」
自分とは異なる存在であると一目でわかる。
ともすれば昔話よろしく喰われてしまうかもしれない。
だが
(温かい)
男は異様な女から温かさを感じていた。
外見などどうでもいいというように、それ以外は何も考えられないというように、熱に浮かされたかのように、
(もっとこのぬくもりを感じたい)
彼女に抱き着き、少しでもその温かさにすがりつく。
(足りない)
もっともっとと言うように、
孤独を埋めるように、
「慌てないで、大丈夫ですよ」
突然抱き着かれた異様な女は微笑みながら言う。
「家は本当に近くですし、」
喜んですらいるように、
「時間はいくらでもありますから
#9829;」
まるで全て上手くいったというように微笑みながら言う。
(助かった)
(孤独じゃない)
(温かい)
男は気付かない。雪山で遭難し、今にも死んでしまいそうな気持ちを、凍り付いた心を溶かしてくれる存在をまるで神のごとく崇める。
男は気付かない。遭難し、死にかけ、心が凍り付いたのは誰のせいか。
男は感謝を述べようとするが上手く口が動かない。
「感謝なんて…お互い様ですよ
#9829;」
異様な女は心を読んだかのように答える。
「一人で寂しかったのです。あなたが来てくれることは本懐なんですから」
雪も降り止み、それでも二人は寄り添いお互いを温めながら歩いていく。
まぎれもなくその光景は幸福で、魔物娘垂涎のシチュエーションで、
絵画のような作り物であった。
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